クロノ・トリガー(前)

ドラクエの堀井雄二、ドラゴンボールの鳥山明、ファイナル・ファンタジーの坂口博信。RPGの三大巨匠が結集した、ドリームプロジェクト提供のソフト。
と言われても、よう分からん人もいてはるでしょうけど、テレビならフジとNHKと日本テレビが組んだ、家電ならナショナルと日立と東芝が組んだ、車なら、フォードとフェラーリとトヨタが組んだみたいなこと。要するにオールスターキャストの、これはもう売れるしかない企画。ゲーム雑誌も早くからバンバン特集を組んだ。
けれど、ショップを巡っていると、お客の子どもたちの様子は、さして盛り上がっているようでもなく、あれれ。もちろんそれでも並のソフトと比べれば、恐らく一桁違うセールスにはなるのやろうけど、予想したほどの熱気がない。
その理由を、一つだけ想像すれば、子どもにとって、作品のブランド名はともかく、製作者のそれなど、さして興味がないこと。重要なのは誰が作ったかではなく、どんなものなのか。にもかかわらずこのソフト、情宣の戦略として制作者のブランドを全面に押し出してしまった。
それは要するに権威主義ってことで、日頃大人社会の権威から逃走したい気持ちを一時ゲームで満たしている子どもたちにとって、うざったいことなのかもね。

1995/05/10


クロノ・トリガー (後)

子どもたちの反応はともかく、これは、スーファミのRPGおける二大ビッグタイトル、「ドラ・クエ」「FF」シリーズの制作者たちによるものだから、それまで蓄積されたノウハウつぎ込み方はなかなかのもので、初めてこのジャンルをプレイするには最良のソフト。
グラフィックは過去最高の出来やし、しかも最先端の成果をとてもユーザーフレンドリーに提供してくれているのやからね。
おいしい。
世の中には色んなメディアがあるが、その間には優劣はない。あるのは、何を得意とするかだけ。で、このソフトをプレイすると、小説には不可能な、テレビゲーム独自の表現方法がよく分かる。
例えば、主要登場人物は七人いる。けれど、実際にプレイヤーが動かせるのは三人だけ。つまり、プレイヤーは自分の好みや戦略でメンバーをチョイスできる。自分で選んだ三人はいろいろなイベントで会話を交わすのだけど、もう一度同じイベントを別のメンバーでプレイしてみると、メンバーが違うから、違う会話が展開されるようになっている。当然といえば当然。でも、小説はこれを出来ない。
そこには小説とは別の、テレビゲームのみに存在する「リアリティ」が明確に示されている。それを確認するだけでも、プレイしていいソフトやよ。

1995/5/17



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