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今月もまた女の子の生き方を真正面から問う作品が出された。「ある少女の物語という副題のついた『キルト』(ス-ザン・テリス作、堂浦恵津子訳 晶文社、一八四○円)である。舞台はちようど十九世紀から二十世紀への時代の変わり目を迎える一八九九年のアメリカ東部の田舎町。十八才の少女ネルは、両親に気の進まぬ縁談を勧められ、さんさん抵抗し悩んだ末に、自分がこの家を出れば、その食いぶちで母はお手伝いさんを雇えると考えて、大学進学や大好きな祖母が住んだ町ボストンに行こという夢をあきらめて、しぶしぶ結婚を承諾する。その後彼女は極度の拒食症に陥る一方で、祖母が残した端きれで作りかけていたパッチワークキルトを結婚式の日までに仕上げることを目標にして、キル卜作りに没頭する。まるで迫りくる現実から目をそむけるかのように。そして女性の権利拡大運動や困っている人々を助ける社会活動に積極的に参加していた祖母へのあこがれをその一針一針に込めることによって、祖母のような生き 方ができると信じているかのように。こうして、日常生活も満足にできない程にやせ細っていくネルの身体や、それにつれて小さくなっていくネルの世界とは正反対に、キルトは次第に大きく重くなっていった。そして遂に美しく仕上りかけた頃、祖母の洋服で形見だとばかり思っていた布が、実はボス卜ンの小物屋から手に入れた単なるパッチワ-ク用の端ぎれにすぎなかったことを知り、ネルは呆然とする。唯一の救いであったキルトをも愛せなくなってしまったネルは、今後いったい何情熱をかけて生きていけばよいのか。作者はそれを明確には語っていない。しかしぎりぎりのところで望まぬ結婚を踏み止まり、精魂込めて刺したキル卜を黒く染めてしまう彼女の中に、彼女の表面的な弱々しさや内向的な性格の内にひそむ強靭な意志を見ることができる.そして死に直面した悲しみと絶望の淵から新たな生命力が彼女の中に湧き上がってくるのを見る時、何とも言えぬたのもしさを感じる。 前記の作品が割合に外的な動きに乏しくもっぱら主人公の内面描写を主とする作品であるのに対して、『ちびねこ卜ムの大冒険』 (飯野真澄作、岩崎書店、二二○○円)は、動きも多く非常にテンポよくストーリーの展開する動物冒険物語である。主人公である九才で小三のちぴねこトムは、ある日三つ年上のアニキのマークに誘われて、アニキの友達のボブ、アレックス、ローラ、そしてアレックスの妹で卜ムの友達のエイミーとで洞窟探険に出かける。彼らは洞窟の中でふしぎな世界地図を拾い、みんなで奪い合ったために、地図は一筋の光を発レながら破れ、その強烈な光とともに、トムとエイミ-を除く四匹のねこは、地図の破片を握ったまま空たち 中へ飛ばされ消えてしまう。そして破れた地図の中から現れたパチャ・カマクという鳥のおじいさんの話では、その地図は地球上の海と大地の形を決めることのできる世界に一つしかない「世界の地図」で、その地図が破れたからには、地球はあと七十二時間の命。地球を救いたければ地図を集めてつなげなければならない。パチャ・カマクが持っていた ふしぎなガラスの鍵で世界を映してみると、地図の破片を持ったねこ達は世界中に散らばっている。トムとエイミーは、パチャ・カマクから鳥族につたわる翼の実、つまり物に二時間だけ命を与える乗り物一豆と世界を映す地球ミラーをもらい、仲間と地球を救うために旅立つ。途中ふしぎな乗り物をつけねらうオオカミやキツネに追われたり、猫族に恨みを持つ鳥族に捕まったりしながら、七十二時間以内に地図をつなげようと必死で奮闘するスリルに満ちた非常に楽しい冒険ファン夕ジー。 『怪盗道化師』 (はやみねかおる作、講談社、一○○○円)も、怪盗ルパンのようになりたいと思った普通のおじさんが、世の中や持っている人にとって価値のないものや、それを盗むことでみんなが笑顔になれるものだけを盗む怪盗になって繰り広げる愉快な話。 (南部英子) 1910/06/11
読書人1910/06/11
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