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今月からこの書評欄を受け持つことになった。前から思っていたのだが、書評とは功罪相半ばしたものではないだろうか。むろん「功績」がおもしろい本の埋没を防ぐなら、「罪過」は読者に予断や先入観を持たせてしまうことだろう。これが海外の本の書評となると、読者が該当する本を入手した頃にはそれに関する書評の内容を忘れてしまうこともありうるー少なくとも忘れっぽいわたしは白紙に近い状態で読むことが多い。でも国内の本の書評では、そうもいくまい。そこでこの際開き直り、本の中でおいしそうな箇所をとりあげ、読者のみなさんを誘惑することを目標としたい。成功するかな? さて、今回健闘しているなと思ったのは、絵本より少し厚めの物語群だった。その中でも、舟崎靖子(作)、大島妙子(絵)の「とんぼがかいたへんな地図」(あかね書房、九八0円)が目立った。衝撃力という点では十二月に甲木氏が本誌で取りあげた「あらしのよるに」に及ばないが、でも、これはこれでおもしろかった。主人公は団地住まいで、自分だけの場所が確保できない男の子。彼が道路に自動車の絵を落書きすると、そばにいたのら猫といっしょに絵の中の世界にはいってしまう話である。チョークで書いた絵の中に飛び込むという設定は。パメラ・トラバースの「風にのってきたメアリー・ポピンズ」の一場面を連想させる。また、絵の中で起こる出来事は、のら猫のキャラクターに味があるし、宮沢賢治の「どんぐりと山猫」をも彷彿とさせる不思議な展開になっている。 わたしがこの本でいちばん魅力を感じたのは、絵と文の奏でるハーモニーだ、絵はカット風のところもあれば、見開きの中央に位置していたり、見開きの三分の二を占めてしたりと、変化にとんでいる。また第八頁は白黒のほうがよかったと思うが、全体に色の使い方がうまい。ことに青地に字を白く抜いた頁は効果的だった。どれも絵本ではごく普通の手法なのかもしれないが、緩急のあるストーリーや、のら猫の繰り広げる〈手品〉を、大島の絵がバランスよく支えていることは確か。適度に刺激的でかつ心地よい本。 英米でも、ひとりで読むことを前提とした短めの本がたくさんある。成功した実力ある作家が挑戦しても失敗しがちだ、ということからもその難しさがわかると思う。翻訳者にとっても短い話は楽なのだが、なかなか〈これ〉という本に巡りあわないのが実状。とくにナンセンスがからむともできのよいものにはあまりお目にかからない。シド・フライシュマン「マクブルームさんのすてきな畑」(金原端人訳、あかね書房、一一00円)は、アメリカ中部を舞台にしたナンセンス。一エーカーしかない土地を、だまされて売りつけられたマクブルームさん一家がこの土地が肥えていたおかげで大成功をおさめる話である。三話のうちでは第一話がいちばんよい。マクブルームさん一家が、自分たちをだました相手をぎゃふんと言わせることはむろん痛快だが、種をまくそばから収穫するというように、肥えた土地のために仕事に追いまくられる、という逆説もおもしろい。大地のめぐみを誇張して賛美しているわけだから、いわば地に足のついた(?)ナンセンスという安定感があるのかもしれない。ただし、三話とも書かれたのは一九六0年代である。それ以後のナンセンス作家に 見るべき人がいないのか、気になるところ。なお、大阪弁で訳されており、音読したらさぞおもろいやろな! 最後に、エッセイでは花形みつるの「こどもの事情」講座』(河出書房新社、一三00円)を勧めたい。中に出てくる当世こども事情やコンピューターのソフトに関する情報は、早晩古びるだろうが、わたしたちが子どもにたいして抱きがちな種々の「思い込み」が次々に切られていくさまは爽快。表紙カバーにも遊び心が感じられる。(西村醇子)
読書人 1995/01/25
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