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『かにむかし』と同じ1959年に出版された「岩波子どもの本」に、『きかんしゃやえもん』があります。作者は、戦争記録文学で知られる阿川弘之。絵は、「あっちゃん」「ベビーギャング」で知られる漫画家の岡部冬彦です。 老機関車のやえもんは、そろそろ足や背中も痛くなって、「しゃっ しゃっ …しゃくだ しゃくだ」と機嫌の悪い繰り言をつぶやきながら、今日も走っています。かつては花形でしたが、エネルギー革命、モータリゼーションの進展の中で、主役は電車や車へと移ってきています。長い間、一所懸命に働いてきたのに、周囲はやえもんをばかにするものですから、やえもんの怒りは募るばかり。味方は機関車大好きの子どもたちだけ。 今さら物語を繰り返すまでもなく、よく知られたこの絵本。岡部冬彦は、機関車を擬人化して親しみやすいやえもんを生み出しました。とは言え、今から半世紀近くも前の絵本ですから、やはり、古い。一重の着物を着て遊ぶ子どもも、尻っぱしょりに鉢巻姿のお百姓さんも、相当に古臭い。いっそ、チョンマゲの時代なら、古くてもそれでいいのですが…。 この絵本を手に取る人の多くが、やはり「懐かしい」と感じるお父さんやお母さんたち。今、20代や30代の親が懐かしいと感じ、まして懐かしいなんて思うわけもない子どもたちが喜ぶのは、何故でしょう。それは、何とも憎めないやえもんのキャラクターを岡部が生み出したとともに、どんなに時代が変わっても、変わることのない人間の心情が絵本に描かれているからなのかもしれません。長い間がんばってきたものを使い捨てたり、年老いたものを疎んじたりする世の中は嫌だ…という、人の心の真実が描かれているからだと思います。勿論、「しゃっ しゃっ」とか、「ちゃんちゃん かたかた けっとん」「けろろん けろろん」とか、汽車や電車が語るリズミカルな言葉が、文句なしに子どもたちに受け入れられ、楽しまれていることは言うまでもありません。 さて、「やえもん」ですが、実は絵本の通り、今も東京の交通博物館で生きています。解説には「やえもんは、日本で最初に新橋と横浜間で活躍した一号機関車」の文字。でも、絵を描いた岡部冬彦氏は、自らを「汽車の専門家ではないが乗り物好き汽車好き」を自負する人。曰く、物語のシチュエーションから熟考し、絵本のやえもんは「明治の中頃イギリス製のSLをお手本にして日本で作り、鹿島参宮鉄道などで使われていたものを、更にデフォルメして」描いたわけで、つまり、交通博物館のやえもん機関車と絵本のやえもん機関車は異なる存在だと言うのです。 いえいえ今や、そんなことは構わないのかもしれません。むしろ、蒸気機関車の総称が、「やえもん」になりつつあると考えるほうがいいのかも。それも、この絵本が今も古くならないひとつの証なのかもしれません。( 竹迫祐子 ) 徳間書店「子どもの本だより」2003年7-8月号 より テキスト化富田真珠子 |
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