この湖にボート禁止

『子どもの国の太鼓たたき』(上野瞭/すばる書房/1976.08)

           
         
         
         
         
         
         
    

 たとえば、トリーズの『黒旗山のなぞ』を読むと、つぎのような場面に出くわす。
「ちょうどそのとき電車がはいってきた。二、三人おりて、二、三百人がどっと乗りこんだ。ペニーとぼくは、すみっこのほうにぎゅうぎゅうおしこまれてしまった。
『ふたりでかわるがわる息をしたら、生きのびられるかもしれないね。』
 ぼくがあえぐようにいうと、ペニーは顔をむけてにこにこっとした。」(田中明子訳/学習研究社)
 これはビル・メルバリーと女友達のペニーが、ロンドンで電車にのる個所だ。満員電車のすさまじさを伝えようとしている。二、三人が下車して、二、三百人がのりこむという言い方。そのすぐあとのビルの言い草。これらは思わず噴きだすような表現である。
『黒旗山のなぞ』は「旗の湖」シリーズ(Bannermere books)の第二作目にあたる。ジョフリー・トリーズは、その第一作『この湖にボート禁止』(一九四九)でも、この笑いたくなるような表現を随所にはめこんでいた。
「『……陪審員のかたがた、この証人になにか質問なさりたいことがありますか?』
 みんなだまっていた。陪審員の人たちの顔を見ると、ぼくは、そこからたった一つの質問だけを読みとることができた−お昼ごはんを食べに、家へ帰っていいだろうかという質問なんだ。」
 これは物語後半の法廷における検死の場面である。ビルは、親友のティムといっしょに校長先生に連れられて、この法廷に出席している。陪審員たちは、「旗の湖」のほとりの、アルフレッド・アスキュー卿の屋敷内から発掘された白骨についての検死に立ち会っている。この白骨は、千年ばかりむかし、侵入してきたバイキングに殺されたもののそれだろうというのだ。なぜ、そうした考古学的な出来事が語られるのか。また、ビルとティムがなぜそうした古い話に関わっていくのか。ぼくは、ジョフリー・トリーズの「旗の湖」シリーズの筋書を話す前に、「笑いだしたくなるような場面」の紹介からはじめてしまった。多少、一人よがりな納得の仕方である。しかし、そもそも、ロンドンの満員電車の場面から紹介したのは、ジョフリー・トリーズという作家が、なみなみならぬ書き手であり、また、この「旗の湖」シリーズが、現代児童文学の水準をこえた作品であることをいいたいためだ。ぼくは、『この湖にボート禁止』のおもしろさを話すつもりだったのである。話は前後してしまった。この作品のおもしろさを話すためには、まず「あらすじ」の紹介からはじめなければなるまい。
「ぼく」(ビル)は、かあさんと妹のスーザンと三人で暮らしている。とうさんは、「ぼく」たちがうんと小さかった時、かあさんと離婚してしまった。今でもカナダに住んでいるらしいが、まったく音信不通である。従って、弁護士の手を通して入るはずのお金も、入ってこない有様である。
「ぼく」たちは、大都会の、ヒステリックな家主のいる家の二階住まいである。いつも足音をしのばせていなければならない。息苦しい生活である。そんな「ぼく」たちの前に、ある日、突然、思いがけない贈り物がころがりこんでくる。北部のカンバーランドの「旗の湖」近くの別荘(せせらぎ荘)が、持ち主のいとこの死で、「ぼく」らにゆずられるというのだ。都会暮らしの三人に、田舎暮らしの決心をさせるのは、家主のミス・ラビーとのけんかである。「ぼく」たちは都会を引きはらう。
 はじめて「せせらぎ荘」に着いた日、「ぼく」は、少なくともがっかりする。「旗の湖」行きのバスは出発したあとだし、タクシーでのりつけた「旗の湖」の別荘は、電気もきていないし食料もない。それどころか、前後左右もはっきり見えないほどの大雨なのである。「ぼく」はその中を隣の家に行こうとして行きつけず、びしょぬれになってしまう。
 これは、『この湖にボート禁止』の冒頭の一部なのだが、一人称(ぼく=ビル)で引っこしの日のやり切れなさがきびきびと語られていく。さほど豊かでない親子三人が、不安と期待を抱いて「旗の湖」に引っこしていく気持がよく表現されている。せっかく着いた「旗の湖」はどしゃぶり。おしかくせない失望感が、ビルのぬれそぼつ姿に反影している。
 ここで注目に価するのは、ビルやスーザンだけではなく、トリーズが、母親を個性的に描きだしている点である。いよいよカンバーランドへ引っこすと決めたある晩のことである。

「……おかあさんはあらたまっていった。
『ねえ、スー、カンバーランドへいったらね、おまえ、いつもわたしを見張っててほしいの。』
『どういうこと? おかあさん。』
『いなかじゃ、見てくれるものといったらヒツジぐらいでしょ? でも、そうだからって、わたしはだらしくなくなりたくないの。だから、ちょっとでもずぼらなふうに見えたら−髪だって、みなりだって、手だってなんだってよ−わたしをやっつけてほしいの。それからふたりのうちどっちでもいいけど、『ここじゃ、そんなことどうだっていいじゃないの』なんて、わたしがいうのを耳にしたら、そのたんびに六ペンスあげるわ。』
 ぼくたちは『見張っとくよ。』と約束した。」

 ビルとスーザンのかあさんが……というよりも、一人の大人が、きりりと引きしまって、自分自身を律していこうという姿が適確に描かれる。ぼくらはこの個所を読んで、いわゆる美人ではなく、個性的な美しさを持った女性を想像する。だらしなさがいやというより、だらしなさを許すような自分を絶対にがまんならないとする大人像。話はとぶが、こうした個性ある人間像は、このあと、州立女学校のフローリー校長先生や、あるいはグラマー・スクールのキングスフォード校長先生にも見られるものである。
 たとえば、「ぼく」は転校して、ウインスウェイトのグラマー・スクールに入るのだが、その第一日目、キングスフォード校長は、「ぼく」より下級の転校生にこんなふうにいうのだ。
「この学校は、ひじょうに旧式だからな、おまえたちが小さければ小さいほど、だいじにはされんのだ。おまえたちはみんな、たいへん小さいんだから、だれからも、ほとんど問題にされんといっていい。もっとも、おまえたち自身と、おまえたちの母親にとってはそうではなかろうがの。」
 いくら小さくても絶対甘やかさないという宣言である。この校長は、「新式」の教育に批判的であるばかりではなく、「新式」の教育者のあり方にも批判的である。転校生のビルが古い教員の写真を見ていると、こう話しかける。
「『あの先生たちは教員免許状なんぞは持ってはおらなんだ。知能検査などというものは、きいたこともなかったろう。ラジオや映画や幻燈なぞを教材に使うこともなかったんじゃ。あの人たちは、新しいことはなにひとつ知らぬ、がんこな時代おくれの人たちじゃった。』
『は、はい。』
『このわしもそうじゃ』
 先生はすごくおそろしそうに見えたので、ぼくはもうこれ以上、なんにもいわないのがいちばんいいと思った。
『こういうふうにおまえに話すというのが、そもそも時代おくれじゃ。』」

 キングスフォード校長の所信表明はまだまだつづく。それはさわやかなほどがんこで、旧式の生き方から遠いものである。男女の交際をひそかに反対し、州立女学校のバザーに自校の男生徒をいかせまいと苦心する校長。それは思わず微笑んでしまうほど人間的魅力に充ちている。大人に与えられたこのユニークな魅力が、はっきりとこの物語のおもしろさの一端をになっている。
 ところで、雨の日の引っこしの話をしたが、このみじめったらしい一日の話は、じつは、つぎの日の「旗の湖」の美しさを否応なく強調する仕掛けになっている。つぎの日、雨があがると、「ぼく」もスーも、あっと驚く。それほど美しい風景が目の前に展開するのだ。前日のあの雨は、この美しさをおおいかくすカーテンだったなと思う。このコントラストはすばらしい。ぼくらはカンバーランドを知らないのに、ほんとうに「旗の湖」のほとりに立っているような気がしてくる。
 「ぼく」と妹スーは、ボートを見つける。それで「旗の湖」のまん中にある島へこぎだす。このすばらしい遠征に水をさすのがアルフレッド・アスキュー卿である。島は私有地であり鳥類保護地だから、ボートで行くことはまかりならんというのだ。「ぼく」もスーもがっかりする。そんな時、「ぼく」たちに新しい友達が出来る。探偵志望のティム。すこしびっこで芝居ずきの少女ペニー。「旗の湖」の島の秘密は、この四人の活躍によってやがて明らかにされる……。
『この湖にボート禁止』のおもしろさは、この四人の若ものたちの巧みな取りあわせにある。それぞれが個性を発揮して、一つの事件を解決していくところにみごとに表現される。第二作までは、田中明子氏の名訳で出ている。
 第三作 Black Banner Players (1952) 第四作 Black Banner Abroad (1954)、第五作 The Gates of Bannerdale (1958) は未翻訳である。ジョン・ロウ・タウンゼンドは、その "Written for Children" の中で、トリーズは有意義な人生を送ろうとした現代の感じやすい若ものを描こうとして、それに成功したと記していた。そのことは、『この湖にボート禁止』一冊を読めば、たぶん納得できるのではなかろうか。(テキストファイル化岡田和子)