横谷輝児童文学論集2』(横谷輝 偕成社 1974.08.14

いま執拗に問わなければならないもの
(1)
 批評精神の衰弱、批評・評論活動の停滞がうんぬんされている。一九七二年度日本児童文学者協会の活動方針においても、「新人の作品をはじめとする創作が、今日の児童文学になにをつけ加えつつあるのか、ないのか。作品の量に匹敵する質的発展がみられたかどうか。諸分野での仕事の中から、本質的に新しいものを生みだすことができたかどうか。こうした問題追究のたちおくれは、べつにいえば批評・評論活動の弱さである」と指摘している。
 これらの指摘は、いつの時代でもおこなわれてきたような気がするし、同時に、今日の児童文学状況を考えるとき、それはただごとではないといった感じも強くする。そしてわたし自身、こうした声をまえにして忸怩たるものを覚えながら、今日の児童文学状況のなかで、なにをどう考えたらよいのか、その可能性をいかにして追求していけばよいのか、それがどうにもよくつかめないいらだちを感じている。
 もちろん、このいらだちは、わたしの内部に多くかかわったところからきている。つまり、今日の児童文学についての、執拗な問いつめとその持続が、わたしのなかでしだいに不足してきていることが、いらだちの原因となっていることだけはたしかである。だが、おそらくそれだけではない。また、批評・評論にたずさわるものだけの、特有の現象でもないはずだと思う。それは、現在の児童文学そのものが直面している、大きな危機そのものからきているような気がしてならないのである。
 すくなくとも、一九六〇年代までの児童文学にあっては、そのめざす方向はかなり明確なものでありえた。それはいろいろのいいかたができると思うが、大きくいって児童文学の社会化ということであった。言葉をかえていえば、子どもとかかわり、子ども読者によろこばれる児童文学の追究であった。“おもしろく、はっきり、わかりやすい”児童文学の創造、あるいはゆたかな想像力による、スケールの大きな空想物語、骨格のがっしりとした日常的な物語の創造という目標は、とりもなおさず、児童文学そのものの地位を、社会的な基盤のうえに位置づけようとするものであったといっていい。
 そして、この児童文学の社会化ないし、児童文学の社会的な地位の向上は、ここ十年あまりのあいだに、完全とはとてもいえないにしても、かなり大きな変化が生じたことは、だれも否定することができないだろう。たとえば、昨今の児童文学作品のさかんな出版現象や、文壇作家の児童文学への進出といった事象も、その一つのあらわれにほかならない。
 だが、問題はこのかなりのスピードでもっておこなわれた、児童文学の社会的な地位の変化が児童文学そのものにどのような影響をおよぼしたか、あるいはおよぼしつつあるのかということである。
 もちろん、そこにプラスの面があることはまちがいない。そのもっとも大きなことの一つは、児童文学の素材や創作のモチーフのなかに、社会や子どもという他者がはいってきたということであろう。いいかえれば、児童文学作家としての「私」と、児童文学そのものの考え方について新しい側面がでてきたことである。そこから導かれて、児童文学が本来もっているはずの、大衆性や娯楽性を回復しようとする動きや、児童文学の多様な進展などがうまれてきたことを、それとして指摘することができる。
 だが、その反面で、マイナスの影響が、微妙なかたちで進行していることも見逃すことはできない。いまそのあらわれを、具体的にとらえることはむずかしいが、さしあたってつぎのようなことはいえる。
 つまり、児童文学の社会化とか、子どもという他者を考えるということは、別な角度からいえば、そこに通俗性というものがはいってくることを意味する。もっとも、通俗性はある意味で、児童文学が本来もっている性質であり、そのこと自体は否定すべきものでもなんでもない。しかし、児童文学がもたなければならない大衆性や娯楽性の回復が、ともすればいわゆる通俗化に傾斜し、"詩"の喪失を招来する結果におわりやすいところに問題がある。
 また、児童文学の多様化の動きは、児童文学の創造にとってはのぞましい刺激であり、プラスであるはずなのに、いまのところその多様化現象は、必ずしも作品創造の充実と結びつかず、バラバラなかたちでの核のない拡散化といったものになっている。
 なぜ、そうなのか。本来プラスであるところのものが、どうしてマイナスの影をひきずることになるのか。このプラスとマイナスの複雑なかかわりをうみだしているものを、明確にとらえられないところに、いってしまえば批評・評論の停滞があり、今日の児童文学が直面している危機のむずかしさがあるとわたしは考えている。

(2)
 この問いにたいしてわたしにこれといった答えがあるわけではない。ただ、そのむずかしさのまえで、うろうろとしているにすぎないが、もし二、三の見当をのべるとすれば、一つは児童文学の社会化、多様化という、言葉をかえていえば、近代化の過程があまりにもすばやい推移のもとにおこなわれてきたことからくるひずみが、そうしてことの基因になっていると思われるのである。
 戦後の児童文学がめざしてきた社会化という目標は、もちろん児童文学の内的な必然性によってかかげられたものであるが、そのまがりなりの実現は、児童文学自体の蓄積によってもたらされた面よりも、より多く外部の要因にうながされて達成してきた面があるのではないか。とくにここ四、五年は、児童文学者の意識や要求よりも、時代や社会のほうが、先取りのかたちで動いていったと考えられるのである。作家の内面の論理をはなれては成立しえないはずの児童文学が、いわゆるジャーナリズムという外部の刺激によって先行され、その成立を余儀なくされているところに、今日にみられるような、得体の知れない不安定な状態が生じているのである。ほんものの創造活動が、大きな規模のマスコミの要請に、つねにこたえられることはほとんど不可能であり、その空白をいわば擬似的なもので間にあわすということになれば、質的内容の希薄な作品が繁盛することは当然のことである。
 これにたいしてどう対処すればいいのか。『移動の時代』という文章のなかで、中村光夫は、「僕等は『移動』のなかに思想をながすことをやめて、『移動』そのものを試作の対象にすべきです。僕等の精神生活が内面の論理より『外部の刺激』によって成立しているのは事実にしろ、このような『移動』のなかで、僕等が百年ちかく生きてきたことは動かせない事実であり、この事態はおそらく今度はげしくなる一方だからです。この『移動』こそ僕等の祖父たちの世代から精神を現実に苦しめてきた敵であり、その正体を捕えて、はじめて僕等は過去と共通の場所を持てるし、人間としての自信も恢復できるのです」(「中央公論」昭和三十一年六月号)
 といっているが、はやいスピードで推移する時代の動きのそこにあるものを、はっきりとみつめるとともに、結局は自分自身ととりくむことによって、自己の内面の論理をより強固なものにしていくしかほかに道はない。
 いま一つ、児童文学の社会化によってもたらされた大きな問題は、児童文学作家は自己の「私」をそのまま表現することが許されなくなったことである。
 かつては、大人である自分を標準にして、自己の「私」なり観念を童話という形式に表現すればよかった。詩が、作者の自我の端的な表現であり、詩に近い童話も、それによりふさわしい形式であることはいうまでもない。そこでは、作者が自己の「私」を信じて、そのまま童話に表現すれば、子どもをふくめた読者も共感してくれるにちがいないという信念が通用していたのである。
 しかし今日では、自己の「私」が、絶対的な価値をもっているとは信じられなくなっている。「私」は他者とのかかわりのなかで、考えていかなければならない。他者を考えるとは、いうまでもなく社会を考えることである。このようにして「私」のそのままの、表現が成立しえなくなったときき、残された道は、仮構のなかに自我をこめて表現することしかない。どうしても、フィクションが必要になってくるわけである。
 そして、ここに今日の児童文学が当面しているもっともむずかしい問題がある。いってしまえば、仮構とはウソということにほかならない。このウソである仮構を、いかにして真実なものにするか、あるいはリアリティのあるものにしていくかこそが、つきつめられなければならないのである。現在の児童文学作家がこころみているさまざまな方法は、すべてこのフィクションの真実性の獲得につきている。たとえば、歴史に素材をとった作品や調べた作品が多くかかれるのも、あるいは多くの人びとが認めるヒューマニズムの思想を基盤にした作品が数多くかかれるのも、その一つのあらわれである。
 だが、やっかいなことは、他者である子どものことを考えるとき、ともすれば子ども読者に気に入るようにかくことになりがちであり、フィクションの真実性よりも、通俗性がさけられないという事実である。また、流行的な思想を基盤としたところでは、どうしても作品が類型化し、時代を超えた生命をもちえないことである。そういえば、本格的な仮構をつくりだそうとした作品に、どことなくリアリティの稀薄さが目立ち、ほとんど骨格をもたない散文詩的な作品に、真実性を感じることがしばしばである。このことをどう考えればいいのか。いま、わたしたちが、執拗に問いつめなければならない問題の一つがここにある。

(3)
 『冒険者たち−ガンバと十五匹の仲間』(斉藤惇夫)は昭和四十六年度日本児童文学者協会新人賞を受賞した『グリックの冒険』につづく、本格的な長編空想物語である。ここでは、ネズミの世界を素材にして、スケールの大きな冒険物語を展開している。イタチのノロイ一族によって、全滅の危機にさらされている忠太たち夢見が島のネズミを、町ネズミのガンバとマンプク、港ネズミのボーボ、ジャンプ、船乗りネズミのガクシャ、ヨイショ、カリック、イカサマ、テノール、バス、バレット、イダテン、シジン、アナホリ、それにどこからきたかわからないオイボレの十五匹の仲間たちが、犠牲をはらって救出にむかい、さいごに勝利するというストーリイである。
 この作品の特色は、いきとどいた調査と観察によって、ネズミの生態がよくとらえられていること。十五匹のネズミの個性がそれなりに描きわけられていて、イタチとのたたかいの場面などが、ゆたかな想像力によって表現されており、骨格の太い世界が構築されているところにある。その意味では、作者の資質は日本の児童文学作家のなかではめずらしく、なみなみならぬ力量が感じられる。
 しかし、わたしはこの長編物語に、どっしりとした手ごたえよりも、案外に軽い感触しかなかったことにこだわる。それはなぜなのか。いってしまえば、それはこの作品をなりたたせている思想的な基盤にかかわっている。
 つまり、ガンバと十五匹の仲間の連帯をなりたたせているものは、日本的な共感というヒューマニズムであるが、作者はあっさりとそれを肯定していて、その奥にある問題をつきつめようとしてはいないのである。いいかえれば、連帯と孤独のかかわりが、それほど描ききれていないのである。ただ、島ネズミたちの危機を救うことは当然だという正当性だけが前面におしだされているにすぎない。それは、ヨイショに「ガンバ、おまえも悪いやつだぜ、十五にんもの仲間を強引に連れこんだりしてな」といわれて、ガンバが思わず涙をこぼしそうになったところに象徴的にあらわれている。主人公のガンバをとおして、連帯をもとめる苦しさが、いますこしきめこまかくとらえられておれば、この作品はもっと奥行きのあるものになったにちがいない。
 この点で対照的ともいえるのは、昭和四十七年度日本文学者協会新人賞をうけた『地べたっこさま』(さねとうあきら)のなかの"かっぱのめだま"という作品である。
 これは、いわば散文詩といってもおかしくない短編で、『冒険者たち』がヨーロッパ的な方法にもとづいているとすれば、こちらは日本的なものに根づいている。
 はなしは、仲間も遊び相手もない孤独なかっぱが、そのさびしさから解放されたいばかりに悪徳商人にだまされ、人間に変身しようと努力して、ついにめだまだけになって岩にこびりついてしまうというものである。
 人間になりかわるために、岩にのぼってこうらをとかそうとするかっぱの行為は、いわば道化である。だが、作者は、このおろかな行為をどこまでもみつめようとしている。それは、かっぱの目玉とだぶって、連帯をもとめる苦しさをみつめつづける眼となっているのである。その意味で、この作品には、連帯のパラドックスがかたられている。連帯という者が、いかにきびしい孤独な行為を要求するか、そのことの認識とそれをたえていくかまえなしに、真の連帯もありえないことをこの作品は訴えているのである。ここにこの作品のもつリアリティがある。
 だからといって、わたしは『冒険者たち』と『地べたっこさま』を比較して、どちらがすぐれているという結論を、にわかにひきだそうとするのではない。子ども読者の興味と感心は、おそらく前者にあつまるかもしれないのである。といって、"ネズミ"の共感のヒューマニズムが、"かっぱ"の執念によく対抗しうるのかどうかという疑問ものこる。
 このあたりの問題を、執拗に問いつづけることが、現代の日本児童文学の可能性をさぐるうえで、どうしてもかかすことができないことだけはたしかなことだとわたしは考えている。
(「日本児童文学」昭和四十五年八月号掲載)