グリーン・ノウの魔女

ルーシー・ボストン

亀井俊介訳 評論社

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 十二世紀から伝わる古い屋敷グリーン・ノウでは、さまざまな不思議なことが起こります。昔この屋敷に暮らしていた子どもたちが現れて今の子どもたちと友達になったり、動物園からやってきたゴリラが孤児の少年と束の間心を通わせあったり…この屋敷を巡る物語の最終巻「グリーン・ノウの魔女」では、古い魔法の本を狙う魔女が、屋敷を乗っ取ろうとします。
 この魔女は、誰も見ていないと思うと魔法でお菓子をちょろまかすとい った変にあさましいところがあり、態度も卑屈で、一見ちょっと変わり者の女の人にしか見えません。 (だからよけい恐ろしい感じがするのですが。)グリーン・ノウに対する攻撃の仕方も、屋敷の主オールドノウ夫人に催眠術をかけたり、うじ虫や猫や蛇をけしかけたり、どうも「正々堂々」とした感じがなく、その分狙われた測の心を萎えさせるようなものなのです。
 対するは魅力的なおばあさん、オールドノウ夫人と、二人の子ど もたち、そして不思議な屋敷そのものです。「力ある石」や「鏡」も助けになりますが、三人に最も大きな力を与えてくれたのは、この屋敷での暮らしそのものでした。「玄関には花や鳥の巣や鏡…テーブルの上には植木ばさみやかごや本や手紙など…楽しい暮らしの品々がいっぱいに散らかっている」。外には「耳にはほとんど聞こえないが、なくてはならぬ音」に満ちた自然。催眠術にかけられて参ってしまったオールドノウ夫人は、「鳥たちの生き生きした様子を見て自信を取り戻しほがらかに」なり、庭や家の中にまで蛇がいっぱいになっても、「…悪意に対してはふせぎようがないのね。…わたしはお買い物にいってきます」と、日常の暮らしを崩そうとはしません。
 魔法の攻防にも迫力がありますが、結局三人がグリーン・ノウを 守り切れたのは、三人がここの暮らしを心から愛し、守ろうとした意志のおかげだ、ということが伝わってきます。
 「悪」と闘う物語としてもう一つお勧めは「ぼくの心の闇の声」 (ロバート・コーミア作/原田勝訳/徳間書店刊)。こちらは誰からも助力を期待できないひとりぼっちの街暮らしの少年が、どのように「悪」と闘ったかを描いています。ここでも「悪」は、見るからに悪という姿では現れません。そして、少年が頼みにできるのは自分自身だけ…。場所も時代も種類も異なる二つの物語から、共通して伝わってくるのは、人の心が持つ「意志」の力が「悪」を斥けることができる、という、人間に対する大きな信頼感なのです。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1997/3,4