ドラマ「北の国から」における男・女・子ども

--五郎と令子の離別の物語を中心に--

横川寿美子

児童文学評論27号 1993/04/30
           
         
         
         
         
         
         
     
 

一、はじめに



 倉本聰のシナリオ、富永卓二ほかの演出によるテレビドラマ「北の国から」は、一九八一年の一〇月から八二年の三月にかけてフジ系列で二四回にわたって連続放映された。その地味な内容から当初はさほど人気のある番組ではなかったが、回を重ねるごとに徐々に視聴者の支持を獲得し、その続編に当たる「83冬」「84夏」「87初恋」「89帰郷」「92巣立ち」がそれぞれ単発のスペシャル版として放映されるに伴って、今では「実に三千万人以上もの日本人が、この作品を注視している」(注1)と言われる大型ドラマに成長した。
 同時に、ドラマの舞台となった北海道富良野市の麓郷という一寒村もまた、一躍全国にその名を知られるところとなり、ドラマに感動した人々が続々とその地を訪れて「『麓郷まいり』ということばで聖地化」(注2)するといった現象も起こった。現在ではそれらの人々のために面積約四万平米に及ぶ「麓郷の森」が整備され、撮影に用いられたいくつかのセットがその地で一般に公開されている。休日ともなれば森の入り口には自家用車や観光バスが所せましと並び、森の中には車を降り立った人々の長い列ができる。入場料こそ取らないものの、セットの隣にはギャラリー、売店、喫茶店などの施設もあって、森は確実に観光地化しており、このドラマに関する人々の記憶を呼び起こして固定化する機能を果たしている。ちなみに、横浜市にある「放送ライブラリー」がその利用者を対象に一九九二年秋に行った「テレビ40年、心に残るこの一本」というアンケート調査によれば、過去四〇年間に各局から放映されたありとあらゆる番組の中で、最も多くの人の支持を集めたのが、この「北の国から」であったということである(注3)。
 さて、その「麓郷の森」の中心に位置し、訪れる人々の最も熱い視線を浴びているセットに「黒板五郎の丸太小屋」がある。これは、連続ドラマの時点でこの物語の主人公である黒板五郎が独力で設計。仲間たちの助力を得て組み立て、二年余りの間居住した後、スペシャル版において焼失するという設定の下に建築されたものだが、その小屋が、その内部に掲げられた立て札によれば、現在は「丸太小屋(精神)を守る会」という任意の団体によって管理されている。ドラマの撮影用にスタッフが建てた単なるセットにすぎない一建造物が、その本来の存在理由を越え、ドラマの内部において果たすべき役割さえも越えたところで、ひとつの象徴として、機能しているということである。言い換えれば、このドラマはまず何よりもその「精神」を伝えるものとして、人々の記憶に残っているのである。
 それではその「精神」とは何か。黒板五郎は麓郷の貧しい農家に生まれ、十代後半で家出をして上京。中年にさしかかって郷里に戻り、廃屋と化していた生家に住みついて、電気もガスも水道もない暮らしを営みながら、より望ましい住居としてその丸太小屋を考案し、それを手ずから作った。それは、このドラマの物語に沿って言えば、二〇年余にわたる都会の暮らしによって彼の中に生じた「とかく金まかせ、他人まかせで楽をしたいという現代の風潮を告発し、拒絶しようとする意識」(注4)の発露であったわけだが、一方、連続ドラマが放映された一九八〇年代初頭は、「脱都会、脱サラ的、自然回帰志向」(注5)といったものが人々の間に徐々に定着し始めた時代でもあった。いわばその「精神」は、そういった視聴者の志向と五郎の意識とが合体した結果のものであったとも言えるのである。
 イギリスの大衆文化研究者であるゲイリー・デイによれば、「テレビというものは視聴者がそこに映し出される価値を共有することを前提としており、常に見続けることによってその価値は視聴者の中でいっそう強固なものとなる。そしてこの価値の共有をへて、テレビはついに視聴者が己の顔を見るための鏡と化す」(注6)ということだが、この言葉はそっくりそのままこのドラマと視聴者の関係にあてはまる。多くは都会暮らしであろうその視聴者たちは、このドラマを見続けることで、都会に身を置きながらもなおその「価値」を忘れてはいない自分を確認して、安心するのである。もちろん、「見続ける」に値するだけの物語がそこにある(と視聴者が思う)からこそ、そういうことが起こりうるのだけれども。
 ところで、先に私は、このドラマの主人公は黒板五郎である、と述べた。このドラマにおいて視聴者に共有されるべき「価値」を体現しているのは五郎だからである。けれども、その「価値」を伝える媒介となる物語本位に考えれば、その主人公は五郎でなく、物語の語り手を任じる五郎の息子・純である、ということになろう。よって、その「価値」も、多くの場合その純を通じて視聴者に伝えられることになるわけだが、しかし極めて逆説的なことに、物語が始まる時点で小学四年である純は、大人である大方の視聴者がすでに自身の中に内面化していたと思われるその「価値」とは無縁の存在として画面に登場する。五郎の提示する都会のライフスタイルへの異議申し立ても、世論をあげての「自然回帰志向」も、子どもである彼には全く未知のものだからである。その白紙状態の彼が、物語が進行するにつれ、徐々にその「価値」を認知し始め、やがては視聴者自身の意識に近いところに身を置くようになる。このドラマにおいて視聴者の「見続ける」行為を促す第一のものは、そういう純の変化を見届けたいという欲望−−すなわち、一人の子どもが自分と同じ価値を共有するようになる様を見たい という、大人としてしごくもっともな欲望である、と言っても決して過言ではないだろう。
 そして、実際このドラマの大筋は、父・五郎から息子・純へとその「価値」が継承される経過を追うことで成り立っているのだが、当然予想されるように、この継承は決して容易には達成されない。純は単に子どもであるだけでなく、特にその「価値」を受けとめにくい事情を持った子どもであるという設定になっているからである。
 まず、純は東京で生まれ、東京で育った。「とかく金まかせ、他人まかせで楽をしたいという現代の風潮」にどっぷり浸かり、小学四年でいきなり麓郷に転居させられるまで、その「風潮」にみじんの疑問も抱いてはいなかった。当然彼は新しい環境になかなかなじめず、ことあるごとに東京での快適な生活を思い出しては悲嘆に暮れることとなる。しかも、彼には東京に思いを残す理由がほかにもあった。そもそも彼の麓郷への転居は両親の離別に伴ってのことであり、東京は彼にとって単に生まれ故郷であるばかりでなく、別れた母の住む土地でもある。のみならず、その母が自分を東京に呼び戻したいと強く願っていることも彼はよく承知している。となれば、彼が容易に麓郷に腰を落ち着けることができないとしても、それは当然である。
 しかしながらその一方には、その純と同じように東京で生まれ育ち、同じように母と別れてきたはずでありながら、なぜか東京を懐かしむような素振りを全く見せようとはしない妹・螢の存在がある。彼女は転居の直後から麓郷での暮らしに実にすんなりと溶け込むばかりか、積極的に家の仕事を手伝って父を喜ばせさえする。当然の成り行きとして、父は螢を褒め、彼女との対比の上にしばしば純の暮らしぶりを批判するようになる。その結果、自分は妹ほどには父に愛されていないと感じ始めた純は、麓郷での生活がますます面白くなくなり、怠惰な態度をよりあらわにして父との仲をさらにこじらせる−−という悪循環も生じることとなる。実は、螢が純と違って最初から父に同調的であるのは、彼女が母の不倫の現場をたまたま父と共に目撃してしまったという事情があるからなのだが、純はそのことを知らない。
 このように、純がその「価値」を継承することの前には幾重にも立ち塞がる障害が存在するように思われ、そのことがまた物語を一段と面白くもしているわけだが、実のところ右にあげた問題のすべては、純の父・五郎とその妻・令子がわけあって離別するに至ったという、たった一つのことに端を発している。今も東京に住む別れた母の存在がなければ、純はよりたやすく麓郷の暮らしに馴染めたはずである。螢が母の不倫の現場を見るというアクシデントが起こらなければ、彼は妹に嫉妬などせずにすんだはずである。さらに言えば、五郎と令子が離別さえしなければ、彼ら一家はそのままずっと東京に暮らし続けていたはずであり、そもそもこのドラマ自体が成立しなかったはずなのである。
 従って、仮にこのドラマの概要を一言で説明しようとするならば、それはおよそ次のようなことになろう。ドラマの中核となる「価値」は五郎の「丸太小屋精神」であり、視聴者の感動は、主にその「価値」が五郎から純へと継承される過程に生まれる。そしてその継承の過程は、五郎と令子の離別の物語の上に成立するものである、と。
 本稿の目的は、この継承の過程と離別の物語との関係を詳しく検討することにあるが、検討の中心はあくまでも後者に置くものとする。ドラマの中で、後者は前者に較べて視聴者の目によりわかりにくい位置に置かれているわけだが、そうであればこそ、その意味が明らかになったときには、このドラマ全体をとらえ直す今までにない新たな視点を獲得できるのではないか、と思うからである。また、このドラマのシナリオは一時期児童書として出版されたことがあり、以来児童文学関係者によるさまざまな注視を集めてもいる(注7)。それとの関連から、本来大人に向けて制作されたこのドラマの中で、子どもである主人公が果たす役割についても併せて考えていきたい。
 なお、本稿中に引用する登場人物のセリフは、倉本聰著[文芸版]『北の国から』前・後編(理論社、一九八一年)による。

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