サマー・タイム

佐藤多佳子

偕成社 1990

           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 いわゆる一般文学や児童文学からはずれたところから、ちょっと気になる本が飛びだした。佐藤多佳子の『サマー・タイム』がそれ。
 これは「四季のピアニストたち」という連作集の上巻で、中編がふたつ収録されている。中心になっているのは、佳奈(かな)と進の姉弟。表題作の「サマー・タイム」は、六年前の小学五年生の夏を思い出している進が主人公。
 「百トンはありそうなグレーの雲のかたまりを、湿った風がゴゴゴゴゴと押し流している。ぼくの自転車も追い風を受けてペダルが軽い。背丈よりも高いひまわりの軍団が、首をそらしてお化けのように踊っているのが、どうも気味悪かった」。
 そんなすさまじい夏の日の午後、小学五年の進は市民プールに泳ぎにいく。そこで出会ったのが、交通事故で父親と片腕をなくした広一という少年。母親はジャズ・ピアニストで留守がち。広一は進を相手に、片手で「サマー・タイム」を弾いてみせる。
 こんなふうにしてはじまったふたりの少年の夏に、広一に自転車を教えようとする佳奈が加わる。 少年たちの夏、少女の思い入れ、そして別れ。バックに流れる片手だけの「サマー・タイム」。
 普通ならセンチメンタルに流れてしまうところをぎりぎりのところでふみとどまりながら、さわやかで強烈な青春小説にしてしまった作者には、心からの拍手を送りたい。高野文子でもない、吉田秋生でもない、氷室冴子でもない、吉本ばななでもない、新しい感性の誕生。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席90/08/05