父さんと歌いたい

キャサリン・パターソン

岡本浜江訳 偕成社 1987

           
         
         
         
         
         
         
         
         
     
 登場するのはアパラテア山麓に住む力ントリー・ミュージシャン一家。ジョンソン・ファミリーのメンバーは、父さんのジェリー・リー、母さんのケリー・スー、アールおじさん、じいちゃん、それにジミー・ジョーこと十一歳のジェイムズ。ジェイムズのかわいい歌声で一躍有名になったファミリーは、家の中にトイレもないような田舎から都会に出てテレビショーのレギュラーになる。
著者のキャサリン・パ夕-ソンは、二度もニューべリー賞を受賞し現在アメリカ児童文学界を代表する作家の一人であるが、その作品世界は一作毎に違っている。『テラビシアにかける橋』では仲良しの少女の突然の死にあって動揺する少年の心を見つめ、『ガラスの家族』では実の母親を慕い里親のところを転々とする少女を通じて家族とは何かを問いかけ、『海は知っていた』では聖書のヤコブの物語を下敷きにして双子の妹にすべて先を越されてしまう姉を描いて肉親の愛憎を掘りさげた。
次々に新しい世界を繰り広げてみせるパ夕ーソンであるが、彼女の作品には常に感動させられる。パターソンは、自分の「心の声」に耳を傾けその声を作品にすると言っている。作品から受ける感動は彼女の「心の声」が読者の心に響くからであろう。また、どの物語も主人公の一人称で語られ、主人公の心理に焦点が当てられていることも読者の心を打つ要因の一つであろう。
本書におけるパ夕ーソンの「心の声」は何であろうか。有名になっていく少年の心の動きと家族の粋である。ジェイムズはばあちゃんと父さん三人で歌うのは好きだが、人前で歌うのを考えただけで気分が悪くなる少年であった。しかし、ばあちゃんに「神がくだされた才能はいかさにゃならない」と説得されて舞台に立つ決心をする。舞台で歌うジェイムズは水を得た魚のようでたちまち人気者になる。テレビショーに出ることになった一家はタイドウォーターに家を借り、ジェイムズはそこの小学校に転校する。
ファミリーの一員であることは誇りだが友だちには分かってもらえないだろうと、ジェイムスはテレビに出ていることを極力隠そうとする。先生にみつかりそうになると、にせの腹いたを起こしリハーサルを休んでまで学校に行く。とうとうみんなに知られてしまい友だちに有名人扱いされると、ジェイムズは戸惑うばかりである。来日した際パターソンは、「有名人になることの喜びと恐れとつらさは、ここ数年来、わたし自身が味わってきたことなの」と訳者に語ったそうだが、ジェイムズの姿にパ夕ーソン自身が重なり、著者が一層身近に好ましく感じられる。
ジェイムズの人気が出ると、ファミリーの間ではジェイムズの歌や出番をめぐっていさかいが起こる。ケリーとアールが自分たちの存在をより主張しようとするのである。特にケリーはジェイムズの母親であり息子を愛していながら、ジェイムズの人気を素直に喜べない。ジェイムズの記者会見にケリーがでしゃばる様子はこっけいな程である。
ケリーとアールはテレビショーの他に二人だけでクラブに出演するようになる。クラブ出演で、ケリーは「傷ついた小鳥」というジェリー・ソ-がジェイムスに作った歌を勝手に歌ってしまう。それを聞いてジェイムスもジェリー・リーも激怒する。しかし、家族のためだとジェリー・リーはケリーを許しジェイムズにも許すように言う。納まらないジェイムズ。そこにジェイムズの実の父親だという男の出現もからんで物語は緊迫する。ジェイムズには父さんもばあちゃんも憎らしく思えてくる。
ここまでジェイムズを追い込んでしまって著者はどういう結末をつけるのだろうと読者ははらはらすると思うのだが、最後の章の展開は見事である。嵐を乗り越えたジェイムスがファミリーと「永遠のきずな」を歌う幕切れは、読者に家族の絆の素晴らしさを存分に味わわせてくれる。実子の他に二人の養女を家族に迎えているパ夕ーソンならではの作品だと思う。
本書にはジェイムズたちの他に一人印象的な脇役が登揚する。ジェイムズが「黒のキング」とあだ名したクラスのエレザー・ジョーンズである。エレザ- はクラス一大きい黒人の子で、居残りの名人、そして学校のスターである。エレザーはジェイムズに好感を持ちなにかとジェイムズをかばってくれ魯。ジェイムズが実の父親と一人で話をする勇気を出すのはエレザーの言葉からである。
学校のス夕ーのエレザーと学校ではス夕ーでないジェイムズの取り合わせはユーモラスだが、本書には随所にユーモアがちりばめられている。「オランダの農薬における問題について」のレポ-トや読書感想文、ケリーの料理などである。
春風が吹き抜けるようなさわやかな一作である。 (森恵子)
図書新聞1988/02/13