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アメリカの絵本作家ケヴィンへンクスは、当年とって36歳。へンクスの絵本を初めて見た時の印象は、すさまじい迫力で一挙に迫ってくる前回のウィズナーとは対象的。おとなしく優しい色合いの絵で、本屋さんの店先でも決して際だった存在じゃない。けれど、読むとじわじわと静かに心の中にしみてきて読者を離さない、そんな感じがしました。 強烈ではないけれど、どの絵本にも特有のインパクトがある。どこからその静かなるインパクトが生まれてくるのかを考えます。それは、子どもを素直に、かつ的確に描いているから。大人のイメージで作られた子どもではなく、自分勝手でわがままで、背伸びをしていたり甘ったれていたりする、本当にどこにでもいる(我が家にもいる)「子ども」を描いているからだと思います。だから、かわいいネズミの格好はしていても、その実リアルな子どもの姿に時にどきっとさせられるのです。 『ジェシカがいちばん』(べネッセ) は、一人っ子のルーシー・シムスという女の子が、遊ぶ時も食べる時も、寂しい時も嬉しい時も、いつもジェシカという名の空想の友達と一緒という絵本でした。 一人っ子の心のバランスを、架空の友達の存在でうまく補っている少女の姿がそこにはあります。へンクスは同様に、おてんばな少女の中のちょっぴり弱虫な心(「おてんばシーラ」金の星)や、大きくなっても赤ちゃんの頃の黄色い夕オルが手放せない男の子(「いつもいっしょ」あすなろ)、赤ちゃんの弟にやきもちをやいているくせに悪口をいわれると、猛然と弟擁護にまわる女の子(「せかいいちのあかちゃん」徳間)、度肝を抜くいたずらと傍若無人な態度の男の子に辟易しながらも次第に心を通わせていく女の子(A WEEKEND WITH WENDELL)を描いています。 どの子の気持ちも、すごくよくわかる。ところで、そんな彼の児童文学が先頃翻訳されました。『夏の丘、石のことば』がそれ。 この本を読んで、驚き、納得したものです。少々の驚きは、絵本と児童文学と、媒体によって同じ作家でもかくも表現が異なるものか……(もちろん、描かれている子どもの年や読者の年齢層の違いも確かにあるのですが)。納得は、子どもを描くということにかけては、このヘンクスという人、やはり並ではない。子どもの繊細さや傷つきやすさ、ずるさや残酷さ、大胆さをいきいきとした文章で描き出しています。子どもの心を知っている、というよりは、もしかしたらへンクス自身が、ちょっとした偏りやささやかなコンプレックスを持った、つまり、ごく普通の子どもで、彼の中のそうした子どもの部分は今も失われていないのではないかと。 それが、何よりも大きな彼の魅力の よ うに、私には思えます。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1996/7,8
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