夏の丘、石のことば

ケヴィン・ヘンクス

多賀京子訳 徳間書店1996

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 五歳のときに母と死に別れ、心に深い傷を負った少年と、離婚後、新しい男を次々見つける母親からうとまれ、祖母の家にあずけられた少女との、これは「恋愛小説」である。
 人が人を愛するのには、それぞれ内的必然性がある。内なる空白に打ち負かされそうになったとき、新しい出会いから急速に友情が、愛が育っていく。むろん、それで空白がすっかり埋まるものではないし、傷が癒えるわけではない。しかし、愛する人がいて愛してくれる人がいれば、その空白や傷に立ち向かっていく勇気が生まれる。
 この小説の恋人たちは小学生である。友だちになりたいとは思っても、恋などとは全く意識していない。そしてロマンチックにことが運ぶわけでもない。にもかかわらず、心の内の世界と外界の現実とが衝突したり矛盾する日々を痛切に、誠実に生きるこの二人の子どもの物語は、少なくともおとなの読者には一級の恋愛小説に読めるのだ。
 二人をとりまくおとなたち。高校の芸術教師である少年の父と彼の恋人の同僚や、孫を見守る二人の祖母なども、的確な描写でその人物像が浮きぼりになっている。わが子から逃げ出そうとする少女の母親さえが、存在感がある。こういう書き方は、日本の児童文学にはほとんどみられない。著者は絵本作家として知られる。(斎藤次郎)
産経新聞 1996/08/02