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詩人・泉英昌(えいしょう)の『まっと、空の方に。』(文遊社、1500円)は鳥取弁をキーワードにつづられた「思い出の記」といった感じの本。ぐっと胸に迫ってくる。
たとえば「よーさ 夜」という章。「名もない花が、つぼんでいる。遠い山脈の夜の野原で。/名もない人が、いま、どこかで死ぬ。/名もない名前がつづられた、表札の家で。」
そして、お父さんの死が語られ、こんなふうに続く。「もう、お姉ちゃんが泣いてしまったのを、お母さんが、『いけんがん』とたしなめながら泣いて、夜がくずれかけたのを、朝顔が支えた。」
その朝顔はお姉ちゃんが、お父さんの目に入るように置いたものだ。「朝がくれば開くから朝顔、そのきっぱりとした名前に、ぼくたちはとまどいながら、信じたかった。」
3ページほどのこの章には、お父さんの死とそれをとりまく家族の様様(さまざま)な気持ちが凝縮(ぎょうしゅく)されている。それも、「よーさ(夜)」という鳥取弁を中心に置いて、やさしく、ほほえましく、痛切に。この章の最後はこんなふうに結ばれる。「名もない気持ちが、ただひたすら、一心につぼんでいた。/祈りのかたちで。よーさの庭で。/それでも、朝顔という名を信じて。」
このエッセイとも詩ともつかない章をつらねた本は、なんともいえない心地よい世界を作り出している。(金原瑞人)読売新聞2004.05.30 |
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