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いつの時代でもどこの国でも、人形は女の子の(ときには男の子の)大切な友だちだ。「四つの人形のお話」は、人形と子どもを扱った、人形ずきの子どもたちにぴったりのお話だ。著者のルーマー・ゴッデンは、人形物語の代名詞ともなっている『人形の家』の作者でもある。ゴッデンの人形物語には、共通した二つの特徴がある。一つは人形と人間はことばはかわさず、人形にできるのはひたすら祈ることだけということ、もう一つはさびしい子どもが登場することだ。さびしい子どもは、四人姉妹のなかで容姿の面や才能の面から劣等感をいだいて育ったゴッデン自身の分身でもある。 『クリスマスの女の子』は、本紙で一度取り上げたので、ここでは詳しく述べない。クリスマスの人形のホリーと、孤児の女の子のアイビーの二人の願いがかない、二人がお互いをクリスマスプレゼントとして手にいれる物語だ。願うだけで自分ではなにも選べない孤児のアイビーは人形のホリーと同じ立場だが、ホリーとちがうアイビーの行動力が魅力だ。 『クリスマスのようせい』では、物語の中心はようせい人形をもらったエリザベスだ。四人兄弟の末っ子のエリザベスは、お使いにいっても買いわすれをする、クリスマスにもらった自転車にもいつまでたっても乗れないと、なにをやっても失敗ばかりだ。七歳のクリスマスに、エリザベスは、クリスマスツリーのてっぺんにかざるようせい人形をおまもりのようせいとしてもらう。それからは、エリザベスが考えこむと、「ちーん」と頭のなかで音がしてようせい人形が答をおしえてくれる。かけ算の九々もいえるし、自転車にも乗れるようになり、エリザベスはのろまのおばかさんではなくなる。そしてそれはようせい人形がなくなってしまった後も続く。 多分に子ども時代のゴッデンを思わせるエリザベスの成長に、拍手をおくる読者も多いだろう。また、それに加えて、森のどうくつをまねたようせい人形の家をエリザベスがたんねんに作りあげていくようすや、魔法の杖をふるわすようせい人形の不思議な雰囲気も印象深い。 『ポケットのジェーン』は、他の三冊とがらりとちがう作品だ。物語が人形を中心に語られること、人形が冒険ずきなこと、持ち主が男の子ということだ。自称「ふじみのジェーン」はポケットが自分の家だと思っている、冒険が大好きな人形。でも、今までジェーンの持ち主になった四人の女の子は、どんなにジェーンが願っても、ジェーンを人形の家にいれっぱなしにするばかりだった。ある日、持ち主のエレンの部屋に遊びにきたいとこのギデオンが、こっそりポケットにいれてジェーンを外に連れ出す。ギデオンと一緒にぶらんこに乗ったり、ローラースケートをしたり、おもちゃのヨットや飛行機に乗ったり、ジェーンは思いきり冒険を楽しむ。ずっとギデオンといたいジェーンだが、ギデオンの心の痛みを知り、自分をエレンに返すように願う。いよいよお別れと思った瞬間、悲しみのためジェーンの体はひびわれてしまう。でも、エレンがギデオンにジェーンをくれたので、ジェーンはいつまでもギデオンと一緒だ。人形といえば、ふつう、女の子、家のなかで遊ぶものと考えがちな私たちの目に、男の子、外と結びつくこの作品はとても新鮮でさわやかなにうつる。 『ゆうえんちのわたあめちゃん』では、人形は女の子と対立し、女の子との意地の張りあいをする。人形のわたあめちゃんは、お祭りで出店をだしているジャックの「しあわせのおまもり」だ。ある町のお祭りで、わがままなクレメンティナがきて、わたあめちゃんをもっていってしまう。クレメンティナはわたあめちゃんで遊ぼうとするが、わたあめちゃんは体をかたくつっぱっていうことをきかない。怒ったクレメンティナは、もうジャックはかわりの人形を買ってるわと、にくまれ口をたたく。ありったけの願いをこめて助けをよんだとたん、わたあめちゃんはクレメンティナの手からとびだし地面に落ち、せなかがわれてしまう。 わたあめちゃんの叫びか、自分の良心の声か、心の痛みにたえかねてクレメンティナはわたあめちゃんを返しにいく。ジャックはクレメンティナを許し店を手伝わせてくれ、クレメンティナは生まれて初めて素直な気持ちになる。動けないわたあめちゃんが必死に抵抗する様子や、クレメンティナの心の変化が、この作品の見どころだ。 「四つの人形のお話」のいずれも、ゴッデンがあたたかく見まもるなかで、人形は命と個性を与えられ、人形と出会って子どもは成長していく。おしゃれなカバー絵もついて、心に残る四冊だ。(森恵子)
図書新聞 1990年6月23日
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