ルラルさんのバイオリン

いとうひろし

ほるぷ出版

           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 いとうひろし、一九五七年生まれ。この人、大学時代から絵本作家をめざしていたというだけあって、年齢の割に作品が多い。
 さるの子どもたちの素朴で楽しい生活を描いた『おさるのまいにち』(講談社)も好きだし、生まれたばかりの弟ばかりかわいがって、自分のことなんかほったらかしと怒って家出、捨て子を志願する女の子のお話『ごきげんなすてご』(徳間書店)も、愉快で捨てがたい。
 この人どうしてこんなに子どもの心を描くのが上手いんだろう。色々悩んだあげく、今回は『ルラルさんのバイオリン』(ほるぷ出版)を選びました。
 ルラルさんは、一年に一、二度、お父さん譲りのバイオリンをこっそりと引っぱりだして、手入れをします。ところが、ある日、その現場を猫に見られてしまい、弾いて欲しいとせがまれます。ルラルさんのお父さんは町のオーケストラのバイオリニストでした。けれど、ルラルさんはその才能を受け継がなかったと見え、子どもの頃、お父さんに教わったこともあるのですが、ギコギコキーキーとお尻がむずがゆくなるような音しか出せずに、結局、やめてしまった過去があります。だから、コンプレックスは強い。本当はバイオリンを弾くのはとてもイヤなのです。ところが、音を聞きつけ、次々と動物たちが集まつてきて、ルラルさんのバイオリンを聞きたがります。
…とくると、ははあん、宮沢賢治の『セロひきのゴーシュ』だな?! こうして動物たちにバイオリンを聞かせているうちに、きっと上手になるんだぞ、と。ところが、いとうひろしはひと味違う。動物たちは、そのギコギコギーが好きだというのです。顔をニマニマさせ、お尻をムスムズ、モブモブさせて聞きほれているのです。そういえば、その昔お父さんも、「なかなか面白い音だ」と言ってくれました。最後の頁、お尻を振り振りしゃがみこんでバイオリンを弾くルラルさん。その後ろ姿が、何とも言えずユーモラスで、わずかに哀愁を含んでいて、それはいいのです。
 いとうひろしは、斜め十五度くらいの所から、やさしさや思いやりを描きます。真正面からではなく。これが、いとうひろし的こころ。そういえぱ、この人、一年くらい前の「子どもの本だより」に「現在の課題は育児、将来の目標はいじわるでいじけているくせにみんなに愛される、変わり者のじいさん」と語っていました。そんなところに絵本の世界と等身大の作者を見る思いがします。
 いとうひろしが年齢を重ね、子どもが成長するにつれて、彼の作品世界がどう変化していくのか(しないのか)、大いに興味の沸くところであります。(竹迫祐子)
徳間書店 子どもの本だより「もっと絵本を楽しもう!」1997/1,2