子どもの本を読む

四国新聞 1988.11.03

           
         
         
         
         
         
         
    
    
 岩波書店から「歴史を旅する絵本」として、まず二冊が刊行された。あえて分類すれば「社会科絵本」ということになるだろうが、そうした分類を突き抜けた強烈なオリジナリティーがあり、また待望されていた企画だと思う。
 「戦国時代の村の生活」は、副題に「和泉国いりやまだ村の一年」とあるように、戦国時代の農村に生きた少年の目を通して、折々の生活(と言っても戦やききんなど十分にドラマチックだが)を言わば絵日記風につづったもの。文はごく簡潔で、見開きの大きな画面をいっぱいに使った絵が当時の村の様子を丁寧に再現しており、この絵本の意味は、こうした細密な絵を通して、当時の人々の暮らしのありように出合うことにあるだろう。
 これまで歴史に関する子どものための本は、フィクション、ノンフィクションを問わず決して少なくなかったが、やはり一番の不満は、当時の人々の“日常”が再現されていないという点。その意味で、この企画は大きな意義を持つだろう。
 それを認めつつ、あえて注文を言えば、戦国時代に生きた一少年の日常を再現するという試みは確かにある程度成功しているが、その日常の内奥とでもいうか、少年のつぶやき、感触、においといったものがもう一つ伝わってこないのだ。あるいはそうしたことはあえて追わなかったのか。しかし例えば雨ごいの行事で、村の長である少年の父が滝つぼにシカの頭を投げ込む場面があるが、そうした時のおののき、人々の興奮といったことがもっと伝わってこないと、歴史と出合うことの感動が薄らいでしまうのではないか。
 その意味では、もう一冊の「河原にできた中世の町−へんれきする人びとの集まるところ」は、司修の絵巻物風の絵が、中世の人々の精神世界を見事に写し出していて、見ているとひきこまれそうになる。ただ、その分、この絵本のメッセージはあまりに広く、年少の読者に何が伝わっていくか、心もとない感じもある。教室などで使うには、前者の方が一般的かもしれない。
 現在刊行が続いている(第氈A期各12巻が刊行中)偕成社の「世界の子どもたち」シリーズも面白い。フォト・ドキュメントと銘打ってあるように、人々の生活、表情、都市、風土を豊富な写真が物語る。第四巻の「韓国−小さな巨人チョンホ」は、オリンピックで脚光を浴びた韓国の子どもたちの姿が紹介されている。
 ソウルに住む十一歳のペー・チョンホ少年を軸に、家庭、学校生活、民俗、街の移り変わりが写し出され日本との歴史的なかかわり、南北分断の問題などにも過不足なく触れている。日本と共通する点も多いだけに、かえって両者の違いは子ども読者に印象的に映るに違いない。このシリーズは、図書館や文庫にはそろえたい。
 オリンピックと言えば、「国旗のえほん」(戸田デザイン研究室)も不思議に面白い。画面いっぱいに国旗、その下に国名、首都と世界地図上の位置が記されているだけなのだが、これぐらいの大きさがあると、地図帳の端に載っているのとは全く別種の美しさ、魅力がある。
 「どこにいるかわかる?」は、ユネスコ・アジア文化センター編。アジア・太平洋地域二十カ国の画家たちが一画面ずつを受け持つこれも国際色豊かな本。(藤田のぼる

本のリスト
「戦国時代の村の生活」(勝俣鎮夫:文 宮下実:絵 岩波書店)「河原にできた中世の町」(網野善彦:文 司修:絵 岩波書店)「韓国−小さな巨人チョンホ」(窪田誠:写真 高田ゆみ子:文 偕成社)「国旗のえほん」(埼玉県飯能市前ケ貫265、戸田デザイン研究室発行)「どこにいるかわかる?−アジア・太平洋の子どもたちのたのしい一日」(ユネスコ・アジア文化センター:編 松岡享子:訳 こぐま社)
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