横谷輝児童文学論集2』(横谷輝 偕成社 1974.08.14

児童文学批評の方法についての感想
(1)
 批評の喪失がさけばれている。
 児童文学もふくめて、さまざまな分野における批評・評論が、戦後めざましい発達をとげたことが評価される一方で、今日なぜ批評・評論の衰弱が問われているのであろうか。
 児童文学批評の方法問題を追求する前提として、まずこのことから考えてみたい。
 たとえば児童文学の世界では、古田足日氏が一九六六年の児童文学の動向と収穫を論じた文章のなかで、「批評はいまや作品群のはるか後を歩いている」(「読書新聞」昭和四十一年十二月二十六日号)といい、批評の衰弱が群をぬいてすぐれた作品を生みださなかったこととかかわりあっていると指摘している。
 また一般の文学では、「文学」(一九六七年三月号)で、益田勝実氏が、現代の書評のあり方をめぐって、つぎのような告発をおこなっている。
「書評という──奴本来は、刻々の文化・学術の進展の報道と価値批評に徹すべきものが、いつの間にか、右を向いても左を向いても、等質同型となってしまった。自分の書くものもそのとおり。研究誌・ブック=レビュー紙のそれが、こうもこぞりこぞって型にはまってしまっては、もう積極的な機能は果しえず、同業者間のギルド内の儀礼的行事以外ではなくなった」
 批評の一領域であった書評が、いつのまにか類型化し、その本来の機能を喪失してしまったことをなげき、なぜこういうことになったのかと問いつめているのである。
 この問いに関連していえば、児童文学の書評についても、全く同様のことがいえる。これは自己批判をこめて書くしかないのだが、最近の児童文学の書評にも、対象である作品の内容をたんに解説したものや、主観的・印象的な感想の投げだしや、底の浅い切り口や手法のおもしろさだけにのっかった技術批評や、存在の意義を評価しながら、ちょっぴり批判もくわえるという社交辞令的なものなどが目立っている。
 いまその実例に即した検証ははぶかざるをえないが、このような書評が、批評者と作者のあいだに安易ななれあいを生んだり、逆に感情的な反発をひきおこしたりするだけでなく、読者に混迷と誤解をもたらしていることは、あらためていうまでもない。わたし自身、主観的・印象的な書評によってもたらしたにがい経験をいく度か味わっている。書評にたいする不安な感じは、なんとなくつねにわたしにはつきまとっているのである。
 このことは別にしても、これらの書評に決定的に欠けているものは、批評対象それ自体が客観的にそなえているところのものを、正確にとらえようとするリアリスチックな態度である。あるいは方法的なものにたいする自覚・関心である。
 もし書評にしろ、批評にしろそこに方法的な関心がわずかでも働いておれば、主観的な印象だけを勝手にふりまわし、作品のもつ発想・意図・主題・構成・文体などを素通りするような書評をおこなうことはできないはずである。
 今日たしかに批評は衰弱している。どこかでそれは回復されなければならない。その方法についてはさまざまな議論が可能であるが、ここでは批評の方法という視点から、まずなによりも方法論への関心を高めるべきことを強調しておきたいと思う。そのための前提条件の第一として批評におけるリアリズムが確認されなければならない。いいかえれば、書評をもふくめて、すべての批評は対象にたいする正確な感受と解釈のうえにたって、それぞれの独自な見解が展開されなければならないということである。
(2)
 いまさらいうまでもなく、批評は文学作品を享受するところからはじまる。文学作品の鑑賞からうける印象が、批評の出発点であり同時に母胎となるものである。この主観的な印象をいつわったり、無視しては、どのような批評も批評として成立することはできない。批評というものが、しばしば「偏見」とか「好み」とかいわれ、鑑賞における主観的・個性的価値意識をそのまま展開したものであると主張される理由も、この成立の根拠に由因している。
 だが、ここで留意しなければならないことは、批評が印象に基づくということと、その印象を主観的・恣意的にうたいあげることとは、はっきり別なことがらであるということである。
 ここに批評の方法という問題が議論される余地が生まれてくる。批評が個人の印象のたんなる叙述にとどまり、それに終わるというならば、ことは簡単であり、方法などという複雑な操作は必要ではない。だが、それでは批評はある意味での、「放言」であり、主観的な偶然性以上にでなくなってしまう。「放言」というものはどうにでもいえ、その言葉にたいして責任をとらないところに特色がある。合理上の責任をもたない言葉が信頼されるはずがなく、説得性をもつわけがない。批評がいくら主観的な印象を出発点とするといっても、それが信頼されず、説得力をもたなくては、ほとんど存在の意味がないのとおなじである。
 とすれば、批評が批評としての力をもつためには、主観的な印象をできるだけ客観的なものにしようとする努力をおいて、ほかに道はないということになる。
 批評が印象を出発点とするかぎり、それは個人の真実あるいは誠実を基盤としてなりたっている。したがってそれは必然的に主観的な制約をひきずっている。どのような批評もこの主観的な制約をまぬがれることはできないのである。
 問題は、この主観的は制約を脱皮するために、どのような努力がはらわれているかどうかであろう。このことを別な言葉でいいかえれば批評のシステムに責任をとろうとしているかどうかということになる。批評のシステムに責任をとろうとする言葉によって語られるとき、それは真の意味の批評となり、そうでないときには一種の感想的雑文になる。批評家と作家の区別も、おそらくこのあたりがカギである。
 批評というものの実体は、印象をもとにして、それをリアリスチックに追究し、分析することによって、自分がなぜ文学作品からこのような印象をうけとったかを、明確に実証してみせるところにある。この過程を無視するとき、批評は客観性、科学性をうしない、いわゆる「印象批評」に堕落する。「印象批評」という言葉には、いくつかの意味がひそんでいるようであるが、要するに、批評を印象の範囲だけにとどめ、その印象を客観的なるものとのあいだで検証しようとしない批評のことである。
 このような気ままな「印象批評」の横行が、今日の児童文学批評の衰弱現象の一因となっていることはたしかであろう。
 といって、「印象批評」のすべてがいけないといっているのではない。直観的な印象が、文学作品の核心を見事にとらえている例は、しばしば見うけられることであり、それにはそれなりの立派な価値判断がなされているのもまれではないと思う。ただ、その印象がどのようにすぐれたものであっても、そこに印象の客観化、普遍化のこころみがないとき、つまり批評のシステムにたいして責任をとろうとするかまえが欠落しているとき、その印象から生まれた感想はそれなりに尊重されても、十分に信用することはできないという結果を生みやすいのである。
 たしかに印象は批評のはじめである。そしてすべての批評はある意味で「印象批評」であるといっていえなくはない。しかし批評のほんとうの問題はこの先からおこるのである。わたしは先に、作品の鑑賞からうけた直接的な印象を客観的なものにしなければならないといった。このことは鑑賞の実際において、二度、三度と作品を読みかえすことによって最初の印象をくりかえし検討し、個性のある印象をつくりあげるという作業によっておこなわれている。だがこうした作業だけでは、まだ印象の普遍化としては十分なものではない。なぜならそれは自分自身にとってだけ、客観的な印象になったことを意味するにすぎないからである。もちろんこうした作業から生まれたすぐれた印象批評は、大いに意味のあるものであるが、主観的な印象をいくら主観によって整理検討しても、そこにはおのずから限界があるのはやむをえないことである。
 文学作品は作品の内部に客観的可能性をもっている。その作品の享受から得た印象をそのまま表現すれば、たしかに印象批評になるにちがいないが、その印象を作品そのもののなかから立証分析していけば、その批評は、作品の構造に規定されたところの客観性、普遍性を当然もっているはずだという考えもある。つまり批評家の印象・感動は、主観的であると同時に客観的なものであるというとらえかたは、その限りではけっしてまちがいではないが、印象・感動の分析、立証はただ単に作品のなかだけでおこなわれるのではなく、その作品の背景をふくめた社会現実、歴史的現実のなかでなされるべきである。
 批評に科学性が要求される、もっとも大きな由因がここにある。
(3)
 批評の方法というとき、そこにはなんらかのかたちで、システマティックなものや科学性が予想されている。
 ところが、文芸批評に科学性を要求することは一種の虚偽であり、「公式主義」にほかならないという観念が、現代ほど根深くなっているときはない。このことは科学性というものをどう解釈するかにもかかわってくる問題であるが、たしかにそれが純粋に客観的な方法を意味するものであれば、それはナンセンスである。いくら文学の科学的批評といっても、そこに主観的な判断を全く排除しては存在することは不可能だからである。
 だが「方法」というものは、われわれの主体から独立して存在する対象が、それに従って運動しているところの客観的な法則のことでもある。いいかえれば、「もっとも確実で、目的に適った道」を見出すことである。そこでは当然のこととして、主観的なものをできるだけ避けながら、客観的な現実を把握し認識することが可能であるという考えが前提されている。
 もっとも、ある方法にしたがってやれば、作品の本質が正確に客観的に認識できるシステムといったものは、そう簡単に見つかるものではない。ことに印象が複雑な場合、それは困難でありいりくんだ操作を必要とする。けっして社会常識や社会科学的な知識にもとづいた批評が、科学性のある批評なのではない。
 批評が科学的であるか、印象的であるかどうかを見わけるもっとも形式的な特色は、それが組織的で体系的なものであるかどうかということにある。ただ批評はつねにそうしたシステムをおもてにあらわすとは限らない。かくされたシステムをもっている場合もある。どのような批評も、それがすぐれたものであればあるほどなんらかのシステムをもっているはずである。批評における実感や感銘を重視する人たちは、ともすればこのシステムを非文学的なものとして排斥しがちであるが、これはシステムにたいする下等な常識にとらわれている結果である。
 たとえば、つぎのような文章にあらわれている批評の実際も、わたくしは一つのりっぱな方法であると思う。
「私は『手ぶら』で作品に近づく。『手ぶら』で近づいた結果、その作品が私をどれだけ目覚まし、ゆり動かし、私の生命を生き生きさせたかの測定が、私にとって批評の第一歩であり、本質的な部分である。私にも多少の理論的関心がないわけではないから、ときとしてこの批評の実質的部分に理論が干渉して来ることがある。しかし、その場合の批評は、私にとってどこか自信のもてない批評である。私は頭のよくないときに読んだ作品や、自分に適した速度以上に速い速度で読んだ作品に対しては、自信のある批評ができない。鑑賞の純粋も、充分な鑑賞も、そこに保証されていないという意識があるからである。私にとって、自信のある批評を生む第一の条件は、私の直観を生き生きした状態に置くことである。私にも多少の理論がないわけではないが、この場合、私の直観に消化された理論だけが頼りである。私は『手ぶら』で作品批評の場に臨むのである。ある作品に『手ぶら』で臨んだ結果、私によび起された『感動』をふり返ってみて、それはどの程度のものであったか、どのような性質のものであったか、それは一体どこから由来したかと、もちろん私も考える。その作品は文学史のどのあたりに位置づけられるか、作品と作者の関係、作者と時代の関係はどうか、と考えることもある。そのような作業も、もちろん批評の重要な仕事ではある。しかし、それは『感動』という本体があってはじめて可能な作業だ、と私は考えている」
 これは本多秋五氏の『「人類学的等価」について』という評論の部分であるが、本多秋五氏の批評の方法が単純明快にしめされている。その特色は「手ぶら」という言葉が端的にあらわしているように、作品との出会いによって生じる直観(印象といってもいいし、感動といってもいい)を重視し、すべてをそこから出発させているところにある。そして理論というものをつねに直観と結びつけたところで問題にし、その抽象力を生かそうとしていることである。これは一見「印象批評」と近似しているようであるが、最初の「感動」を本体として、その感動の質を追跡しようとしていることは、「多少の理論的関心はないではないが」といったひかえめな形ながら、明瞭にしめされており、けっして非科学的であるとはいえない。
 また本多秋五氏は、批評の理論的要請として、「人類学的等価」を絶対的基準としてもちだしている。そのうらには、文学が一つの認識であることが自覚されている。批評の科学性は、この文学を実在の認識と考えるところから生れてくるのである。批評の目的は、その認識にあらわれた思想や方法を抽出して省察することにある。
 文学を一つの認識として検討するためには、文芸学という認識論がかたちづくられ、そこに基づいて批評がおこなわれることがもっとものぞましいことである。文学作品からうけた印象や感動は、系統的な認識論のうえにたって検討されることが理想なのである。そのとき批評はおのずから科学性をもたざるをえなくなるはずである。
 だが現在のところ、そうした科学的批評に役立つような「児童文芸学」は形成されていない。これは今後にのこされた重い課題として、持続的に追求されなければならないだろう。
 ただここで留意しておかなければならないことは、アカデミックな学殖を蓄積したもののみが、科学的な批評をおこなうことができるというわけではない。文芸作品のアカデミックな追求は学者の仕事であって、批評家はあくまでもアクチュアリティにかかわっていなければならないのである。科学的な批評は、現在の作品がもつ社会的な意味と、その文学的・芸術的な価値を解明する方法をもっていなければならない。でなければ科学にはなっても批評にはなりえないのである。そのためには体系的な社会認識を、現実性のある社会科学的認識をもつ必要があるのである。
(4)
 このような観点から、現代の児童文学批評を考えるとき、わたしは児童文学批評の未成熟を思わないわけにはいかない。もちろんそこには歴史の浅さという要素もある。近代的な批評が、感動・印象という形のない芸術体験を、客観的・実証的な知識と認識によって追跡し、形あるものにかえようとする作業であるとすれば、児童文学批評においては、まだこの近代批評が十分に確立されていない感じである。
 たしかにいくつかの可能性の萌芽やまじめな努力は積み重ねられている。たとえば菅忠道氏や鳥越信氏などの仕事には児童文芸学にアプローチしようとする試みがなされている。古田足日氏、関英雄氏、上野瞭氏などの批評活動には、「感動」「直観」を本体としながら、科学性をもった批評にまで高めようとするきざしが明瞭にくみとれる。神宮輝夫氏には外国児童文学との比較研究による、より普遍的なものを志向しようとする働きが認められる。
 このことからも推察しうるように、児童文学批評は戦後において、単純な印象批評から脱皮して、科学性をもった批評にうつりかわろうとしている。だがまだ十分にその方法を確立するにいたっていないのが実情である。
 これは批評家個人の才能の問題というよりも、多くはそれを可能ならしめる成立条件の問題であろう。
 桑原武夫氏は、近代批評の成立する基盤として、つぎのような条件を指摘する。
「(1)自由主義(ある程度の言論の自由のないところに批評はさかえない。太平洋戦争中の日本を考えること)(2)ジャーナリズム(これなくして職業的批評家はありえぬ)(3)義務教育の普及(前項の支えとして、だから中国には職業的批評家はほとんどなかった)(4)会話の精神(これが批評の基盤となる。フランスには昔からあり、日本には今もとぼしい)(5)個人主義あるいは個我の主張(これが一応認められなければ作家論は成立しない)(6)人間への関心と研究(たとえばモンテーニュ以下のフランスのモラリスト)(7)歴史意識(文学の連続的把握がここから生れる)(8)科学精神(たんなる主観的感想の表出から合理的な分析ないし解釈へうつるために)(『文学批評と価値判断』)
 こうした文字づらだけをみれば、児童文学批評にとってもそれが成熟する基盤はととのっているようであるが、そのなかみにおいていかに不足しているかは、たとえばジャーナリズムという条件一つとりだしてもあまりにも明瞭だといわなければならない。職業的批評家として成立しうる条件のないところで、児童文学批評が成熟する余地はない。
 いまこの条件の一つ一つについてきめこまかい考察をおこなうだけの余裕はないが、そうしたなかで特に指摘しておかなければならないことは、子どもにたいする関心と研究という問題である。
 子ども不在の児童文学という批判をしばしば耳にするが、これと同質のことが児童文学批評にもおこりやすいことはいうまでもない。児童文学批評がつねにある種の不安定さから脱出できない理由も、児童文学の読者が子どもであるというところからきている。作品の評価は最終的には読者が決める。批評家はその読者の一代表にすぎない。ここから児童文学批評家は、子どもの文学的欲求やエネルギーをどれだけ吸収し、その批評に反映させているかという問題が生じてくる。子どもの文学的欲求を全く無視して、批評家の思いだけを述べるとき、それは主観的批評だといわれてもしかたがない。だが、子どもの文学的欲求だけをくみあげることだけが、児童文学批評のすべてでないことは確認しておく必要がある。科学的な批評をおこなおうとするかぎり論理的な帰結として、子どもの文学的欲求に当然かかわらざるをえないということである。
 児童文学批評家は、子どもたちの文学的欲求にたいして関心をもち、それについていろいろと論じることはできる。しかし、そのエネルギーにどのようにしてふれていき、それを批評の方法にどうくみ入れていくかについてはほとんど解明されていないのである。児童文学批評が新しく進展していくためには、まずなにをおいても、子どもの思想と行動のなかから、発展のためのエネルギーをひきだしていく努力をしなければならないと思う。
 批評の方法については、このほかに価値判断の問題、それに関連しての批評基準の問題、文芸作品の背景にある時代と社会にたいする批評の問題、ひいては批評は一つの創造であるという問題にまでふれて論を展開し言及しなければ、その意味で解明したことにならないと考える。だがいまは他日を期して稿をあらためるしかない。
 児童文学の批評は、いまやっと緒についたばかりである。そして、文学を人生や社会や人間体験を中心にして考える立場と、文学の価値を文学そのものにもとめる立場との対立がようやく問題意識にのぼっている程度の段階にある。それらを止揚して、新しい方法と新しい価値概念を統一した批評が生れるのは、まだ遠いさきのことかもしれないと思う。
 だが、それを目ざして、主観的なものを生かしながら、より客観的なものに高める努力をつづけていくしか道はない。(「日本児童文学」昭和四十二年五月号掲載)
テキストファイル化飯村暢子