月の狩人

ジクリト・ホイク

酒寄進一訳 福武書店 1987

           
         
         
         
         
         
         
     
 まず力バーの絵に引かれた。アンリ・ルソーの幻想的なジャングルの絵だ。月が照らす湖岸、黄色く浮かびあがるブロメリアの花、目だけが鋭く光る黒い人影、人影は笛を吹きへビを首に巻きつけている。絵に加えて『月の狩人』という不思議な題名。この二つによって読者は幻想的な世界に誘い込まれる。
十六歳の多感な少女シェバは、父さんとカメラマンのジョニーに同行し、未知の部族を求めてアマゾンの奥地へ分け入る。シェバに霊感めいたものが働く。シェバは木彫りのジャガーを買うが、数日後、求める部族の少年マヤクの手の甲にジャガーについていた矢の印と同じ入れ墨を発見する。ジャガーはマヤクの守護霊で、マヤクはシェバたちを部族のもとへ案内することになる。シェバは月の狩人の夢を見る。月の狩人はマヤクで、しかもその姿はルソーの絵にそっくりだった。
幻想的雰囲気は、アヤママ鳥の声が聞こえて増々強まっていく。アヤママ鳥が鳴くのは、今度の新月までに一行の誰かが死ぬという予言なのだ。月は日日とかけていく。
ついに一行はマヤクの部落に着く。部族は秘密のべールに包まれていた。マヤクは次第にシェバに心を開き部族の秘密を少しずつ話してくれる。いつしかシェバの心にマヤクへの淡い恋が芽生える。しかし一方で怪しい黒い影や森の魔物を思わせるほえ声など不気味な緊張が高まり、新月の夜、月追いの祭りでアヤママ鳥の予言は真となり、シェバの恋は悲しい幕切れとなる。ジャンタルに繰り広げられる謎めいた冒険と恋‐‐本書はドイツの優れた冒険小説に与えられるフリードリッヒ、ゲルステッカー賞を受賞している。
ルソーの絵に引かれて何度も南アメリカを訊ねるうちに森のインディオたちの様々な問題を見聞きして目が覚めた、だが、ジャングルのもつ不思議な魅力につき動かされるようにこの物語語を書いたと、著者は述べている。ジャングルのもつ不思議な魅力とは前述の幻想的魅力であろう。もう一つ、インディオの問題は、少々重苦しい気はするが本書の重要な主題の一つになっている。
白人の文明に憧れて森をすてたインディオの終着点、貧民窟べツレへムの様子や観光客相手の首狩り族。マヤクを裸にして写真をとるジョニー、ジョニーはついにマヤクの部族の聖なる樹を刀で傷つけてしまう。これらを目にするたびにシェバは白人であることに身の縮む思いをし、キリスト教の布教にも疑問持つ。
他人の心を傷つけてまでも好奇心を満足させようとする行動に対する批判は、現在世界的傾向のように思われる。J・R・タウンゼンドの『ハルシオン島のひみつ』やぺニロピ・ライブリーの『ノーラム・ガーデンズの古い屋敷』にも見られるし、わが国でもジャーナリズムの行き過ぎの問題として取り上げられている。シェバのような純粋な正義感を世界中の人々が持ってくれたらと願わずにいられない。
本書はシェバに中心を置いて物語を語っていくが、それと同時に要所要所にシェバの手紙をはさんでいくという独特な書き方をしている。これだと単に一人称で語るよりは状況が客観的につかめるし、その上シェバの気持ちが手にとるように分かる。冒険物語の中に好奇心に対する批判がうまくとけこんでいるのは、この書き方に因る所が大である。心憎い計算である。また、この書き方にはうれしいおまけもついている。シェバにあてた手紙形式の訳者の後書きである。訳者は兄のような優しさで傷ついたシェバを包んでいて、これも本文の一部に加えたいと思えるほどである。
シェバの手紙の相手となって、幻想的な冒険の世界にふみこんでみるのはいかがだろうか。(森恵子)
図書新聞1988/03/12