舟崎家の怪談


舟崎克彦


パロル舎

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 インパクトのある表紙である。 
薄い紫を基調にした背景に、モノクロームの男の写真が据えられている。男の表情は陰影が強すぎてよく読み取れない。その上に、左にオレンジ、上方に赤、右の緑、下方に紫の縁取りがかぶり、さらに、三つの人魂(ひとだま)と題字が書かれている。 
そう、これはまさに、異界への扉なのだ。この扉を開けることで、読者はあの世とこの世のはざまへと導かれ、一つ目小僧、帰ってきた死者、日本ラインの怪……など、全部で十の話を聞かされるのである。
ところで、「作」ではなく「語り下ろし」とあるように、本書は創作ではない。しかし、では、ノンフィクションなのか? といわれると、それもまた違うように思う。では、何か? つまり「語り」である。自らが直接に見聞きしたことを、じかに聞き手に伝える、という「語り」である。これには、もちろん、意味がある。事実であるかないかという物差しを受けつけない、なまのリアリティーを言葉に込めることを可能にするのである。 昨今、児童書コーナーをにぎわす、いたずらにオドロオドロシイ装置を使って恐怖心をあおる怪談とは別種の、いわば人肌の「怪しさ」が本書には満ちている。あえて表紙写真で姿をさらした著者の、その肉声が耳元に聞こえくるような快感が、この本の魅力である。(甲木善久)
産経新聞 1996/10/11