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 はじめまして、今年一年、児童文学時評を担当することになりました。どうぞよろしく。 新刊で個人的にうれしい本がでました。ょっこりひょうたん島』T・U(井上ひさし・山本譲久作、ちくま文庫、各880円)です。1964年から69年にかけてNHKで放映された人気人形劇の初めての活字化です。三十代の人たちの中には買いに走った人がかなりいるのではないでしょうか。じつは、わたしもそのひとりです。 段階の世代のユニークなパーソナリティ橋本治がかつて『恋愛論』の中で、五十年代の人気キャラクター『笛吹童子』『赤銅鈴之助』『月光仮面』の変遷を通して自分の世代の病巣をえぐりだしていますが、『ひょうたん島』もやがて、『ウルトラマン』や『マグマ大使』の巨大ヒーローに取って変わられたことを思えば、六十年代の子どもをめぐる環境を考える上でかなり面白い資料になるのではないでしょうか。とにかく『鉄腕アトム』『エイトマン』といった等身大のヒーローから巨大ヒーローたちに移り変わる狭間に忽然と現れたキャラクターたち、ドン・ガバチョ、トラヒゲ、ダンディ、サンデー先生。みんな、それぞれ欠陥をもっているけ れど、本当に悪い人間なんているはずがない、という底抜けの明るさが『ひょうたん島』の信条でした。 政治の季節として荒れながらも、戦後民主主義に支えられて経済成長を遂げた六十年代。そんな時代に電波を通して日本全国津々浦々に流れた、あの底抜けに明るい「ひょうたん島」のテーマソング。「ひょうたん島はどこへ行く/ぼくらを乗せてどこへ行く」でもこの一節、今では皮肉に聞こえはしないでしょうか。今の子どもには、こういう底抜けの明るさは、星飛雄馬の涙と同じでリアルさを欠いているような気がします。世紀末の笑いはどこか屈折しています。いがらしみきおの『ぼのぼの』のおかしさに象徴されるでしょう。誰が言い出したのか「せつな・い」世代という言い方があります。人間関係が「刹那」的で、切れるようでいて「切れない」細い糸でつながっているという、今の子どもや若者の現状を表した言葉です。いい悪いは別として、人間関係の密度が昔とは違ってきているといえるでしょう。そういう感性で青春を描き、今の若者に受けているのが、吉本ばななだし、マンガ家の吉田秋生だと思うのです。そして昨年、新たに佐 藤多佳子という若手作家が独特のタッチで今の青春を描き出しました。ビュー作の『サマータイム』(MOE出版、1000円)とその続編の『九月の雨』(同出版、1100円)はおすすめです。この連作は、ジャズピアニストの母親とふたりだけで暮らす片腕の少年広一と、佳奈、進の姉弟をそれぞれ語り手にした四つの短編からなる、なかなか凝った作品集です。 三人には共通の夏の思い出があって、それをそれぞれの視点から回想しながら、自分を変えていきます。「サマータイム」では、片腕の広一が弾いたサマータイムが忘れられず、進がピアノを習いはじめます。「九月の雨」では、自転車の練習で挫折して佳奈と喧嘩別れしてしまったことを心のなかでひきずる広一が、ふたたび母親の再婚相手と自転車の練習にはげみ、気持ちの整理をつけていきます。「ホワイト・ピアノ」では、古いホワイト・ピアノとの出会いを通して、広一に対するわだかまりをなくしていく佳奈の心の軌跡が語られます。そして、弟が自転車をもらえて、自分がピアノなのを不満だった佳奈の幼い時の思い出が描かれる「五月の道 しるべ」。 自転車とピアノ、このふたつが三人をつなぐ結び目となって、センチメンタルになるのをきわどくこらえている「せつな・さ」がとてもいい。しかもそれぞれの短編に、春夏秋冬の季節感が美しくトレースされているところなんか、とにかくニクイ作品というしかありません。(酒寄進一 )
読書人1991/01/14
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