『横谷輝児童文学論集1』(横谷輝 偕成社 1974.08.14)
第二節 今日の児童文学と文学教育
いまわたしがここで論じようとすることがらは、現在創作されつつある児童文学作品が現代の子どもになにをもたらすことができるのか、それはどのような実質をもち、どのような内容と構造をもっているのか、これらのことを、いくつかの観点から検討してみることである。
そして、できるならば、どのような内容の作品こそ、現代の子どもにふさわしいのかを考えてみたいと思っている。
ところで、今日文学教育については、体系的な理論や、断片的な思いつきの主張をふくめて、実にさまざまなかたちで唱導され、すこし混乱ぎみの様相を呈している。
もちろん、それらの理論や主張が生まれるには、それなりの基盤があり、文学教育というものを推進していくうえにおいて、なんらかの有効性をもっていることはたしかなことであろう。
だが、それらの論文の多くは、文学作品をどう読ませるかとか、授業過程についての分析などに重点がおかれすぎていて、文学作品そのものについての追究といった側面は、いたって手薄なのが実状である。
しかし、文学教育にとって、もっとも重要なことは、なんといってもどのような内容の文学作品を教材としてとりあげるかということではないだろうか。このポイントをアイマイなままにして、文学作品をスタティックな手つきで分析したり、いくら読みとる技術をきめこまかく追究したとしても、結局は木に魚を求めるようなことになるほかあるまい。
そこでは、けっして真の意味での文学教育はおこなわれる可能性はないといっていいだろう。
これらのことは、いまさらこと新しく指摘するまでもないことで、すでに常識的なことであるはずであるが、実際の場においてこの問題が十分といっていいほどに、分析され考察されたことはすくないのではないだろうか。わたし自身はあまりそうした例に、お目にかかったことはない。
むしろ、「文学作品は人間を描いたものであるから、疑問の余地なく、いいものである」といった考えが、アプリオリに存在し、それによりかかったまま、文学教育がおこなわれていることが多いのである。
だからといって、今日の文学教育に、教材論がまったくないというつもりはない。最近はこのことの重要性が確認され、教師の教材解釈がさかんにおこなわれている。だが、その多くはいわゆる単純な解釈だけにとどまっていて、厳密な意味での価値判断はおこなわれていない。つまりその作品や作家についての材料集めや知識的な理解については、むしろさかんなほどであるが、教師の主体的な行為をともなった作品解釈は意外とすくないのである。まして、作家の実践と創作との相互関係といった観点からの解明などは、ほとんどおこなわれていないといっていい。
もっとも、そうした作家・作品論は文学教育にたずさわる教師の仕事ではなく、文学評論家や研究者のやるべき仕事であるといってしまえば、それまでのことであるが……。
だが、すくなくとも専門的な研究や分析は論外としても、いま自分の目の前にいる子どもにとってこの作品はどのような意味をもち、どのような読むに値する内容をもっているのか、といったことを自分なりに、主体的な評価をおこなってほしいものだと考えるのである。
そのためひとつの素材を提供するという意味で、日本児童文学の現在の問題を、わたしなりに考察し、いくつかの問題提起をしてみたいと思う。
ただ、ここでことわっておきたいことは、だからといって、けっして古典的な名作の問題をないがしろにしているわけではないということである。
文学教育において、すでに評価の安定した、どこから追究してもさまざまな解答をひきだしうるところの内容ゆたかな古典名作を、教材としてとりあげることはきわめて大切なことである。そうした名作はアプリオリにいいものだとして子どもにあたえても、あまり問題がないともいえるだろう。そこでは、いたずらな教材解釈よりも、作品をじかに子どもにぶつけてみるところからはじめたほうがより有効な方法であるかもしれない。だが、だからといって、文学教育は古典的名作をあたえることだけで、万事よしとする考えをわたしはとらない。
文学教育にとって、できるだけ数多くの古典的名作をとりあげることは、子どもたちの感受性を養い、文学的思考を深めるためにも絶対不可欠の条件である。しかし、それと同じていどに、いま自分たちが生きている時代の息吹きを感じさせてくれるような文学作品にふれさせることも重要なことである。
どのような時代の子どもでも、まず欲求するのは、自分たちが生きている時代にふさわしい文学作品を読むことではないだろうか。子どもたちは、そのような作品に接することによって、作家とともに成長していくことを願っているはずである。
1 「新しい児童文学」の出発点
ところで「現代児童文学」と文学教育の問題を考えていくまえに、この「現代児童文学」なるものを、もうすこし明確に限定しておきたいと思う。
たとえば、「現代児童文学」を「戦後児童文学」と考えることもできるし、あるいはもっと息の長い物差しをもちいれば、「昭和児童文学」としてとらえることも可能であり、このことはそれほど不当なことでもない。
かりに「現代児童文学」を「戦後児童文学」とイコールで結ぶとしても、そこにはじつに多くの問題が内包されていて、けっして単純に処理しうるものではないのである。
そこで、ここではわたしは「現代児童文学」というものを、さらに狭い範囲に限って一応の問題点をあらいだしてみたいと考えている。
菅忠道は、『日本の児童文学』(増補改訂版・大月書店)のなかで、戦後の児童文学をつぎのような時代区分を設定し、三期にわけてそのあゆみをたどっている。
つまり、第一期を敗戦の日から昭和二十七年四月の平和条約発効まで、第二期は講和発効から昭和三十五年五月の日米安保条約の成立まで、第三期は新安保体制下の今日的状況の過程となっているのであるが、ここでわたしが、照明をあてようとする「現代児童文学」も、この第三期の今日的状況のなかにおける児童文学であることをまずはっきりとさせておきたい。
いまさら指摘するまでもないことであるが、戦後児童文学は昭和三十四年ごろをさかいにして大きな転換期にさしかかった。このことはつぎのような作品の出現という事実によっても立証されている。
すなわち、昭和三十四年には『キューポラのある街』(早船ちよ「母と子」昭和三十五年十月号)、『だれも知らない小さな国』(佐藤暁・講談社・八月)、『谷間の底から』(柴田道子・東都書房・九月)、『荒野の魂』(斎藤了一・理論社・十月)、『木かげの家の小人たち』(いぬいとみこ・中央公論社・十二月)などが、執筆されたり出版されているのである。
そして、これらの作品群には、おのずから共通した特色が、いくつかみられた。
それをごくかんたんにいえば、これらの作品がいずれも長編作品であるということ、二つは、これらの作品は早船ちよは別にして、戦後になってから同人雑誌などで児童文学の勉強をはじめ、児童文学者としての自己を確立した、いわゆる戦後派作家によってかかれているということ、三つめとしてはこれらの作品は方法的にはさまざまで、リアリズム、ファンタジー、歴史小説風のもの、記録文学的なのといったそれぞれの意匠をもっているが、作品の根底には作者固有の戦争体験というものが色濃く反映していることである。このことと関連して、もうひとついえばこの時期にきて、日本の児童文学が童話から小説へあるいは詩から散文への移行現象が、まぎれもなく明示されたということである。
この時期の児童文学について、古田足日は、「これらの作品の出た、昭和三十四年後半を私は新しい児童文学の出発点としたい。(中略)その点『谷間の底から』が生活記録風な書き方をしていたことは象徴的であった。生活記録は散文であり、万人が書き得るものである。童話創作は作家の資質によっていて、だれもが書き得るものではない。『谷間の底から』はいまや児童文学の創作がかぎられた童話作家のものではなく、万人のものであることを示した。童話は決定的に児童文学に席をゆずりわたしたのである」(『昭和の児童文学』『昭和文学十四講』<右文書院・昭和四十一年一月所収>)といった見解をのべているが、わたしも同感である。
しかし、この昭和三十四年はたしかに「新しい児童文学」の出発点ではあったが、同時にまた「複雑な問題の端初」でもあったのである。
歴史の転換期には、例外なくそこには激しい矛盾の相剋がひきおこされる。その矛盾を解決しようとする強大なエネルギーが、歴史の一コマをつき動かしていくのである。問題はそれがのどのような方向において、どのような方法でもって対処されたかあるいは対処されつつあるかということであろう。
昭和三十四年は、日本の児童文学がかかえこんでいた矛盾にひとつの解決の契機をもたらした時期であったとわたしは考えている。
その矛盾とは、「子ども不在の児童文学」ということばに端的にあらわれているように、作者、作品と読者である子どもとの間の大きな距離であった。童話から小説へ、詩から散文へという移行現象は、けっして単純な形式上の変化ではなく、作者と読者のあいだに生じた距離をなんとかして埋めようとするこころみの結果あらわれたものであったと思う。
もちろん、それは若い児童文学作家の積極的な意欲のあらわれであったことはいうまでもないが、ある意味ではそれは時代が要求した必然的ななりゆきでもあったのである。
戦後の激しい社会変革と、戦中でのにがい生活体験を通して、「自我の確立」、「個人の尊厳」という思潮が高まり、従来、おとなの従属物的な存在としてしかみられていなかった子どもの存在がまがりなりにも、社会的に認識されはじめたこと、さらには戦後のもろもろの変革のあと、対米従属的な日本の独占資本が復興し強化される過程で、大衆社会状況、あるいはマス・コミ状況といった現象がひきおこされ、そうしたなかに生きる子どもの姿が、きわめて複雑な要素とのからみあいのなかでしか本質的にとらえることができなくなってきたこと、などが、児童文学作品に散文による長編形式を要求したといっても、そう的はずれな見解ではないだろう。
ただ問題は、昭和三十四年をきっかけにして、その後毎年三十点以上出版される児童文学作品の多くが、こうした現実との十分な取り組みのうえに、主体的に構成されたものではなく、目まぐるしく移りかわる現象にもたれかかり、それをどのような意匠でくるむかという技術だけにかたよってしまう傾向が強いということである。
いうならば、現実社会のきびしい変革に見合うだけの、作家主体の意欲的なたたかいがそこにはズリおちてしまっているのである。あるいは激動する現実に器用に身をすりよせて、妥協してしまっているのである。そこには現実をとらえる新しい視点も、現実変革にたちむかう認識もきわめて影が薄かったところに、むずかしい問題がよこたわっていた。
2 転換期の問題
現在かなりの量産をしめしている創作児童文学の現象を、表面的にだけとらえれば、文運はきわめて隆盛だといっても不当ではない。
しかし、その表皮をひとかわむけば、そこには軽視したり黙殺したりすることのできない、本質的な多くの問題がかくされている。
いまここで、それらのすべてにわたって考察する余裕はない。二、三の問題に焦点をあてながら、日本の児童文学が当面している現在の問題点をあきらかにしてみたいと思う。
まず第一にいえることは、現代の児童文学作家は、「児童文学とはなにか」という問いをみずからに課して、その課題を解決しようとこころみ、自分なりに考えている児童文学についての願望を実現するために作品をかいているということである。
つまり、児童文学にたいする自分だけの孤独な美学をもち、それを表現するために自己の作家としての存在をかけているのである。そこにはなんらの児童文学についての共通した理念はない。極端なことをいえば、自分だけしか理解することができないような児童文学のイメージを、それぞれの児童文学作家はいだいているかもしれないのである。
かつて大正時代には、「童話」といえばそこにある共通した理念のようなものが存在していた。それは「童心」という人類に共通な観念を基盤とした考えであった。人間はだれでも一度は子どもの時代を経過し、おとなになってもその子どもの頃の心を失わないでとどめているものだという考えは、ある側面で時代をこえて共感しうるものをそなえており、その観念はいわば反時代的な強みをもって、人びとに共感のひびきをあたえる働きをもつものであった。
だが、こうした観念は人間の自我がそのまま信じられた幸福な時代においてのみ成立しうるところのもので、マルクスやフロイトの仕事によって、人間の存在が不安定なものであり、社会や経済の動きやしくみによって大きく支配され、その条件のいかんによっては、善とかモラルといったものも相対的になり、すべてのものは可変であるという認識が生じた現代では、もはやそのような観念を単純に信じられなくなってしまっているのである。
いうならば、現代の児童文学作家は児童文学の理念の喪失ないし分裂を足場にして出発しているのである。そこには必然的に混乱が生じるのはやむをえないことであろう。
この混乱がもっとも象徴的にあらわれているのは、児童文学の対象をどこにおくかという面においてである。
ある作家は児童文学の対象を幼児から小学校低学年の子どもにおき、ある作家は小学校高学年から中学校の子どもに焦点をあてて考えている。このことは、とりもなおさず児童文学が成立する基盤が基本的、根本的に異なることを意味する。
このいずれに児童文学の核が求められるかによって、その描かれる児童文学のイメージは大きな差違が生じざるをえないであろう。
その例証として、たとえば子どものかく「詩」を思いうかべてみるとよい。
幼児から小学校一・二年生の子どものかく「詩」には、子どもの鋭い観察なり直観がはたらいていて、独自な発見がおとなである読者をびっくりさせたり、感心させたりすることが多い。そこには現実にたいする子ども独特なアプローチや感覚がはたらいているからである。ところが、ごく一般的にいって小学校四・五年生になると、そのかく「詩」は急速にかつての鋭いひらめきや観察が色あせ、それにかわって常識的なありふれた観念や考察が登場してくるようになる。つまりこの時期の子どもたちの現実にたいする発想や姿勢は、ほとんどおとなのそれとかわらなくなっていながら、経験の不足、思考の未熟さから、大人のものまねしかできないために、いっこうにおもしろくもなんともない作品に変貌してしまうわけである。
これらのことからもいえることは、児童文学の核を小学校低学年におくとき、それは児童文学の特殊性やその成立条件の強調となって現象し、逆に小学校高学年以上に基盤をおくとき、それはより多くおとなの文学に近似したものになるということである。
石井桃子たちの主張である「おもしろく」、「起伏の多いストーリー」、「満足感に溢れた結末」といった子どもの文学についての理念は、多分に前者の基盤から生まれてきたものであるといえるだろう。そして、児童文学のもっとも典型的な特色が、そうした条件のうえにおいてあらわれるということは、わたしもそれを十分に認めたいと思う。だがこの多分に欧米児童文学から学びとられたと考えられる理念を、そのまま直線的に日本の児童文学のありかたに適用しようとするとき、そこにすくなからぬ疑問を覚えずにはおられないのである。
この疑問についてはあとでくわしくふれるとして、いずれにしてもこうした問題が生じてくる根源にあるものは、共通した基盤の喪失であり、児童文学理念の分裂である。さらにいえば批評基準・評価基準の混乱である。
これらの分裂、混乱は、なんらかのかたちで克服されなければならないことはいうまでもない。問題は分裂克服のための一本の線をどこに基盤をおいてどのようにして貫いていくかであろう。
そのためには、なによりもまずそのよって立つところの社会的基盤を検討することからはじめなければならない。
わたしはさきほど、大正時代の童話文学をささえていた「童心」という観念の崩壊をいい、戦後になって子どもがまがりなりにも社会的存在として認識されつつあることを述べた。
このように戦後の児童文学をささえる社会的基盤は大きく変容した。社会的基盤をもたないために「童心」という抽象観念のなかにとじこもらなければならなかった大正時代のそれと比較すれば、あまりにも明確な変化であるといわなければならない。
だがしかし、その変容の本質をまったく新しい事態の現象とみるか、あるいはもっと別な質的変化としてとらえるかによって、その意味するところのものは大きくへだたってしまう。
たとえば、一般の文学においては、今日的な状況を「マス・メディアの発達、その他の要因にともなう大衆社会化の進行は、ひとびとの風俗を均質化した。しかもこの均質化は、革命とはちがって、新しい単一の階級をつくり出すという方向には働かない。あらゆる層のひとびとが、雑多の風俗になったまま一つの鋳型にはめこまれ、ローラーをかけられる、特殊なものを雑然と内包したままの類型化」(村松剛)といったふうに、まったく新しい時代の現出だとする考えが打ち出されているが、ほんとうに今日の社会はその基盤を根底から変化しつつあるのだろうか。
たしかにそうした現象がいたるところにあらわれていることは否定することができない。児童文学に関連したところでいえば、子ども向けの週刊誌が百万単位に伸び、テレビの普及による風俗の均一化がおこり、親たちはなにをおいてもまず子どものために高い教育をうけさせようと涙ぐましい努力をしている。
かつて貧苦の生活を切りぬけるために、まず子どもの生活を犠牲にしようとした時代とくらべると、高度経済成長にともなう見かけだけの繁栄がもたらした変化はたしかにある。
だが、その裏側にはいぜんとして大きな貧富の差が厳然として存在し、支配するものと支配されるものとの矛盾はまぎれもなくそこにあるのである。
それらのものは基本的にはなんらの変革なしに存続しつづけているといってもけっして過言ではない。この事実をまったく無視して、今日的状況を新しい時代と規定することはある意味でコッケイですらある。
子どもの世界、児童文学の世界では、ともすれば「一切の階級と差別とを撤廃して、ただ一個の人間に、生まれたままの幼年時代の純朴な心」(小川未明)といった考えが通用しがちであり、事実、階級や差別の矛盾はおとなほどには先鋭にあらわれてこないということはある。
だからといって、この矛盾に目をつむったり、軽く見すごして子どもや児童文学の問題を考えることは、けっして正しいことではない。むしろまちがいである。
わたしがさきに、石井桃子たちの主張に無条件で賛成しかねるとして疑問を提出したのも、このこととかかわっている。
「時代によって価値のかわるイデオロギーは、例えば日本ではプロレタリア児童文学などというジャンルも、ある時代に生まれましたが、それをテーマにとりあげること自体、作品の古典的価値をそこなうと同時に、経験の薄い子どもたちにとって意味のないことです」(『子どもと文学』)、といった主張が端的に示すように、石井桃子たちは児童文学の世界における階級や差別の矛盾を否定しているのである。だがこの主張はあきらかに日本の社会現実と対立する。日本の児童文学をその根底においてなりたたせている社会的基盤は、じつにさまざまな矛盾を内包しているのである。
このことを無視して、児童文学作品をかいては、所詮その作品は根なし草的な存在にならざるをえない。
現在「児童文学はおもしろくなければならない」という主張を、ただ字面の上だけでうのみにして、ストーリイだけのおもしろさにうき身をやつした作品が、いかに迫力の乏しい、文学的リアリティーの希薄なものになっているか、凡百の作品が実証しているのである。
これらの作品を読んで感じることは、文学作品をつくりあげる構成技術や表現能力は、未明や譲治に比して、ある意味でたいへん巧妙になり進展を示しているが、あとにのこる印象はそれほど深くなく、どっしりとしたてごたえはほとんどない。むしろ未明や譲治の作品のほうが、密度なり文学的感銘度においてより高い場合がすくなくないのである。
おそらく、このことは現代の児童文学作家の主体と現実とのかかわりが、必ずしもまともな対決をとおしてなされていないことを意味している。
くりかえしていえば現在の児童文学は大きな過渡期、転換期に直面している。そこでは、さまざまな要素が複雑にからみあって、一つや二つの視点では把握することのできない状況が生まれつつある。
だが、そうした混沌とした状況を正確につかみとり、混乱をのりきっていくためには、まずなによりも、日本の現実、その社会的基盤から出発していくしかほかに道はない。このことをはずして、観念的な模索や方法的なくふうをこらしても、意匠の新しさはよそおえるが、けっして根本的な打開の道を見つけだすことはできないだろう。
3 具体的な作品に即して
では今日の児童文学作家は、どのような方向でどのような方法でもって、この転換期にたちむかおうとしているのだろうか。
現代というものをどう認識し、とらえているかということによってその姿勢なり、発想なり方法はことなってくるだろう。
これらの点を具体的ないくつかの作品に即して考えてみたい。
『目をさませトラゴロウ』(理論社)という作品がある。これは児童文学作家のなかではもっとも若い世代に属する小沢正によってかかれたものであるが、この作品の本質的なモチーフは現代というものを「人間疎外」の状況であるという見解にもとづいて、ひきだされてきている。
「トラノ・トラゴロウ」というトラを主人公にした民話風の連作形式の作品であるが、そのなかの『きばをなくすと』という短編は、つぎのような構成になっている。
ある日、トラノ・トラゴロウはおやつもたべないであそんでいたので、おなかがペコペコになってしまう。そこで家へかえっておかあさんにたべものをねだるが、おかあさんはトラゴロウをこわいかおでにらみつけ、
「おや、あんたどこのとらのこだい?」
という。トラゴロウはびっくりしていいわけするが、おかあさんは
「きばが一ぽんしかない子どもなどはしらない」
といってトラゴロウをおもてへほうりだしてしまう。
トラゴロウはよくみると、たしかに一ぽんのきばがなくなってしまっている。あそんでいるあいだになくしたにちがいないと思いさがしにでかける。
まず、にわとりにたずねるがにわとりは、「おしえてあげると、おまえはぼくをたべてしまうつもりじゃないか」、といっておしえてくれない。トラゴロウは「きばがなくてたべられない」という。すると、にわとりは、「みみずをたべたらおしえてやろう」という。
このようにして、トラゴロウは、きばをさがしあるき、ぶたのところでくさったじゃがいもをくわされ、ひつじのところでは、まずいほしぐさを、きこりのところで、あじのうすいスープをのまされる。
ところが、そのスープをのみおわると、さらのそこからなくしたきばがでてくる。トラゴロウはよろこんで、きばをつけおわると、目がきんいろにひかり、みみもぴーんととがる。そして、じぶんをばかにした、きこりをはじめ、ひつじ、ぶた、にわとりをたべてしまう。
いえにかえると、おかあさんは、「おなかがすいただろう」という。トラゴロウはいままでのはなしをつたえて、「はらがいっぱいだ」というと、おかあさんはびっくりして、こえもでなくなるが、しばらくしてやっと、「そんなに、いっぺんにたべると、おなかをこわすよ」、といえただけだった。
この作品にあらわれている作者の人間認識は、あくまでも相対的である。きばを一本うしなったという条件の変化によって、母から自分の子どもではないとしてつきはなされてしまう。人間というものの存在がいかに不安定なものであり、親子のつながりすらが、ちょっとしたことでこわれてしまうものであるという、きわめて非情な人間観察がそこではおこなわれている。
こうした認識から、人間は「孤独」であるとか、人間の連帯などは信じられないとか、現代はいっさいの価値がくずれさった時代であるといった考えをひきだすことは可能である。おそらくこの作品を根底からささえた作者の思想も、そのへんにあるのだろう。そしてそうした問題にとりくむことこそが新しい文学の課題であるという信念がかくされているようである。
たしかにこのような「人間不信」あるいは「社会不信」は今日の社会状況のなかでは、それなりのリアリティーをもっている。あらゆる価値というものが、現代では権力によってどうにでもでっちあげることが可能だという認識は、わたしたちを深い混迷ときびしい孤独と非情なニヒリズムへと導いていく傾向がある。だが、それはあくまでも現代の否定的なひとつの側面であって、そのすべてではない。
もうひとつの側面では、そうした「人間不信」につながる認識の奥をつきぬけて、社会的な視野のひろがりのなかで、合理的な人間の連帯が進行しつつある。そこでは孤独やニヒリズムの克服をとおして、権力とのたたかいがくまれているのである。
もちろん『目をさませトラゴロウ』が、すべて「人間不信、社会不信」にとどまっているというのではない。その題名が象徴するように、そうした状況にたいして目をさまさせるため」にこれらの作品がかかれたのだと考えることも可能だ。
そうした作者の意図は別にしても、これらの作品を子どもに読ませるとき、まずはっきりと確認しておいてほしいことは、文学のもつねらいや機能と、教育のそれとの差違を十分に把握することであろう。それを混同して、これらの作品が非教育的であるという理由から単純に否定してはならない。非教育的なところが教育的であるという地点に、あらゆる文学作品は成立しているものである。
この作品は、われわれおとなの目からみれば、きわめて痛烈な常識的社会通念にたいする破壊行為をふくんでいる。しかし、子どもの目からみれば、案外に抵抗なしにうけとめられるかもしれない。ただ、この作品を通して子どもに「人間不信、社会不信」といった不安な認識をあたえるだけでは、けっして十分ではないだろう。
この作品では「人間不信、社会不信」をどう打開していくかという方向はほとんど不十分にしかとらえられていないが、文学教育の場では、その面こそ明確にされなければならないだろう。そういう意味で、この作品は興味深い問題を提起している。
ところで、この『目をさませトラゴロウ』は現在の児童文学では、前衛的立場からする作品であるが、いまひとつのきわだった傾向としてファンタジーとかメルヘンの重視という現象がある。
こうした傾向は、ひとつには平板で浅薄なリアリズム作品にたいする反批判として生みだされ、いまひとつは今日のような状況のなかでは、ファンタジーやメルヘンの世界こそ、より普遍的な真実をとらえることができるのだという認識がひきおこしたものである。
ファンタジーということばは、「目に見えるようにすること」、「知覚の対象を、心的に理解すること」または「現実にあらわれていないことを形にかえる働き、想像力」というように定義されているが、いうならば「それは、見えざるもののおくそこまではいりこみ、凡人にはのぞき得ない、神秘な場所にかくされているものを、光のさすところにとりだし、凡人たちにもはっきりあるいはある程度――理解できるようにみせてくれるものである」(L・H・スミス『児童文学論』岩波書店)。
これらの傾向をもっともよく代表する最近の作品として、佐藤暁の『星からおちた小さな人』(講談社)をあげることができるだろう。
この作品は、さきに発表された『だれも知らない小さな国』『豆つぶほどの小さな犬』とともに三部作をなすもので、いずれも「コロボックル」という日本の小人を素材にして、「見えざるもの」を、「光のさすところにとりだし」てみせてくれる。
作者はこの「コロボックル」を古くさいむかし話のなかにとじこもっているようなやつらではなく、ほんとうにいま生きていて、ぼくやきみたちのあいだを、目のくらむような速さでとびまわり、ものすごい早口で日本語をしゃべりまくる、すばらしい日本の小人たちとしてとらえる。そしてその世界を「せいたかさん」という電気技師と「おチビ先生」とよばれる幼稚園の先生の二人の人間との交流を通じてきめこまかくくみたてる作者の構成力や表現能力は質感の高いもので評価するに価する。
『星からおちた小さな人』は、空とぶ機械をつくりだしたコロボックルのひとりが、その実験飛行中にモズにおそわれ駅の時計台のうしろに不時着する。その知らせをきいたコロボックルの城では大さわぎになり、さっそくそうさく隊が組織され、ゆくえ不明になったミツバチぼうやをさがしにでかける。
ゆくえ不明になったミツバチぼうやは、新聞配達をしてる少年おチャ公にひろわれ、えんぴつけずりのひきだしにかくまわれている。
それをサザンカ兄弟のコロボックルや「せいたかさん」とそのひとりむすめのおチャメさんたちの協力によって、三日めの朝になって救出されるという話である。
問題はもちろんそうした話のすじのうまさやできのよさといったことではない。作者がコロボックルの世界をどのようにわれわれの前にとりだしてみせてくれたか、その世界をささえている作者の現実認識はどのような質のものであるのか、またそこにつくりだされた世界は、この現実社会にどのような意味をもつのか、といったことこそがここでは問われなければならないのである。
『だれも知らない小さな国』では、作者はコロボックルと人間の交渉を断絶したところでその世界を構築した。それだけにある意味では密度の濃い世界をつくりえたとも考えられる。
だが、『星からおちた小さな人』においては、ミツバチぼうやとおチャ公の関係にみられるように、コロボックルと人間をむすびつけようとこころみている。自分の小さな国だけにとじこもっていたコロボックルも、信じあえる人間とは手をつなぎあっていこうとし、人間をみる視点が変革されつつある。ここには前作にみられない作者の現実認識の深化がある。だがそれは『星からおちた小さな人』においては十分に表現されてはいない。むしろ作品の密度からいえば、『だれも知らない小さな国』よりも薄いといわなければならないだろう。その原因はおそらく作者の人間認識にある。つまり人間とコロボックルの関係が、社会的な諸関係のうえにくみたてられないで、それらを捨象したところでとらえられているからである。いいかえれば、作者は人間をただたんなるストーリイという技術的な側面においてだけ把握し、そこで処理しようとしている弱さがそこにはある。
ファンタジーの世界に子どもをふれさすことは、そのゆたかな想像力を養ううえからも重要なことである。だがそれは、あくまでもその世界が、わたしたちが日常ふれあう世界より以上に深い概念を形成しており、そこに新しい生命を発見し創造しているときにおいてのみ意味がある。ファンタジーの世界が、たんなる主観的な思いつきによってつくりあげられている場合、むしろ子どもにとっては有害である。なぜならそうした作品は、ファンタジーやメルヘンをかくれみのにして、じつは今日の複雑な社会や人間から逃避してしまい、結果において真実なるものの姿をごまかしていることが多いからである。
ファンタジーやメルヘンの作品を文学教育においてとりあげるとき、それが子どもたちにより普遍的な真実にふれさせるものか、逆に現実蔑視と逃避だけしかもたらさないものであるかを、はっきりと見定めることが不可欠なことである。
『うみねこの空』(いぬいとみこ・理論社)は、いままでにとりあげた二作品とはちがって、いわゆるリアリズムの立場に根ざした作品である。さきほどのファンタジーのところでも述べたように、戦後になってきりひらかれた子どもを社会関係のなかでとらえようとするリアリズムが結果として底の浅い社会批判といった程度の作品しか生まなかったため、そうした写実的なリアリズムではもはや今日の現実をとらえることはできないという批判が生まれ、リアリズムそのものにたいする不信にまでつきすすんでいることについてはすこしばかりふれた。
たしかに、いくら児童文学だからといって、現実の模写程度のリアリズムではもはやどうしようもならなくなっている。だからといって、リアリズムそのものが今日の児童文学の方法として有効性を失ったというわけではない。そこにはまだまだ深い可能性がひめられており、ただそれに手がとどいていないだけのことである。
『うみねこの空』は、そうしたリアリズムの可能性に一歩足をふみこんで、それを切り開いていくひとつの手がかりをあたえた作品として、さまざまな問題を児童文学の世界だけではなく文学教育にも投げかけている。
この作品は、青森県八戸の蕪島にすむうみねこと、そのうみねこによって田畑をあらされる農民とのあいだに生じた地域社会の矛盾をたて糸にして、そのうみねこを主題にした版画集を作ろうと努力する教師と中学生が、学力テストや受験勉強による圧迫のなかで、美を創造することの人間らしいよろこびを失うまいとしてたたかうが、結果的には教師の転任によって挫折してしまう姿がよこ糸になって構成されている。
作者はこの作品のために、いくどか現地をおとずれ、多くの人たちにあって調査や観察をおこない、そのうえにたって事実の選択と整理をおこなっている。つまり、この作品は多分に記録的な手法が有効に駆使されているのである。もちろん、この作品は単純な記録文学ではない。
「ただのノン・フィクション小説や、進歩的な教育美談をかく気はなかった。それなら、おとなの文学の作家がかけばいい。児童文学をやるいぬいとみこが書く以上、ウミネコたちのものをいう世界と、その下の人間の世界とを交錯さしてかいてみたい」(『「うみねこの空」のうまれる前後』「日本児童文学」一九六五年十二月号)、という作者自身のことばからも推測しうるように、そのねらいは児童文学の方法によって、今日の日本の複雑な現実を表現することであった。したがって、作者の苦心は海上自衛隊の基地であり、新産業都市としてうつりかわろうとする地域社会のようすや、生活のために安全操業をおかしてコンブ漁をする漁師の実態、あるいは勤評のもとで民主的・創造的な教育を推進しようとする教師の姿など、現代の激動する日本の実態が象徴的にうきだされている現実とうみねこの関係をどうつなげていくかという方法上の処理にもっともつよく集中してはらわれている。
『うみねこの空』の方法は、人間の世界とうみねこの世界を、事実と架空を結びつけることによって、ひとつのフィクションの世界に統一し現実をより深くとらえようとするところに生みだされてきたものである。
こうした『うみねこの空』にみられる志向と方法は、現代の児童文学作品の多くが見失っていたり、故意にさけて通っているところのもので、その意欲は高く評価されていいと思う。
もっとも、『うみねこの空』にも弱点がないわけではない。
たとえば人間の世界とうみねこの世界が十分とけあわないで、ときには水と油のようにかけはなれていることや、登場人物の描きかたにいま一歩のつっこみが不足していることなど、作品のもつ社会の矛盾を追求する力がそのために減殺されてしまっている。
しかし、最近の現代児童文学作品のなかで、この『うみねこの空』ほど、日本の現実との生きいきとしたかかわりをもった作品は少ない。そして、文学的リアリティーも、作品世界の進展も現実とのかかわりなしに、またそれを批判し変革してゆこうとする姿勢なしには考えることができないことを、この作品は立証している。
ところで、この作品はけっして読みやすいものではない。むしろ子どもには読みづらい面も多いのではないかと思う。そのためか知らないが一部の資料によると、学校図書館などでは『うみねこの空』はあまり手にとって読まれていないという。
わたしはある意味で、こうした作品こそ文学教育にもっともふさわしいものではないかと考えている。子どもがすらすらと読んである程度の理解ができる作品は読書指導でほとんど処理しうるはずである。
このほか、現代の児童文学の動向のひとつに、それぞれの作家の資質によって、時代の変化にかかわりなくそれを超越したところに古典的価値をもった作品を創造しようとする傾向がある。つまり、人間の存在とはなにか、善とか正義とはなにかといったいわば永遠のテーマを設定してそれにこたえようとするものである。こうした志向も児童文学としては意義のあるこころみであることはいうまでもないが、ただ注意しなければならないことは、そうした作品は主題の性質もあって、ともすれば自己表出の可能性だけが問題にされ、文学の有効性や社会的なひろがり、読者である子どもの問題が排除されがちである。最近では『肥後の石工』(今西祐行・実業之日本社)といったすぐれた作品もかかれているが、そうした欠点は、この作品にも指摘することができる。
4 教材選択の問題
以上、わたしは現代児童文学にあらわれているいくつかの傾向の作品について具体的にとりあげ、わたしなりの見解を述べてきた。そこにはおのずから作品評価の基準といったものがあらわれているはずであるが、わたしにとっては文学教育における教材選択の基準も、原則的には作品評価のそれと一致している。
どのような観点から文学教材を選ぶかという問題は、これまでにもいくつか試案のようなものがすでに提出され、ある意味で材料はほとんど出そろっているといってもいい。むしろ問題はそうしたいくつかの観点を、どのような立場からどう実際に役立つように総合していくかが残されているだけだと思えてならない。
つまり、そこには分析があっても、総合がないのである。さまざまな観点や条件はいくら羅列されても、それをひとつに集合していく視点がない限りなんの役にも立たないのである。したがってそこに要求されるものは、なによりもまず教師の主体であり、世界観なり人間観の確立であろう。
たとえば、すぐれた児童文学作品の条件として、「子どもたちをたのしませ、想像力をゆたかにするもの」、「人生社会、現実に生きいきした関心をよびさますもの」、「おもしろい内容のもの」、「日本語の美しいもの、すぐれているもの、文章のわかりやすいもの」、「人生、人間を肯定する思想をもっているもの」、「文章、内容にリアリティーをもったもの」、「具体的で形としてはっきりと頭のなかで描けるもの」、「ストーリーが明確で発展していくもの」等々があげられている。
そのひとつひとつはいずれも正当なものばかりで当然のことである。だが、これらすべての条件をそなえている作品などは、そうざらにあるものではない。とするとそのうちのひとつないし二つの条件にかなった作品を選択し、他の条件のものと組み合わせていくしかほかに道はない。ここに文学教材の年間計画なり配列の問題がかかわってくるのであるが、その組み合わせ、配列のためにも、それを集約していくところの立場というものがなくてはならないだろう。もしそれがないとき、いくつかの作品が平板に横に並べられるだけで、そこにひとつの像を結ぶような立体的な組み合わせは不可能である。
そこでわたしの立場なり教材選択にあたってのきわめて基本的な見解といったものを大まかにここにかきつらねておきたい。
わたしの基本的な立場というものは、この現実というものを、なんとかして変革していきたい、そのために有効なという観点から文学作品も考えていこうとするものである。このような考えは、文学は無効性のうえにあるもので、そこにはなんらの実効性を求めてはならない、求めるとすれば虚数の有効性しかないという考えと根本的に対立する。
この立場のうえにたって、まず二つの大きな側面から文学作品というものを考えてみたい。
そのひとつは、文学作品は伝統との断絶からは生まれえないもので、なんらかの意味で過去の歴史的遺産のうえになりたっている。その過去の累積のどこにその文学作品は位置づけられるものであるかという観点、いまひとつはその文学作品は、今日の現実のどこでどうかかわり、どのような根源をもって生みだされているかという観点である。いうなれば前者は文学作品のもつ歴史性であり、後者は現実性である。
だが問題はこれだけでは解決しない。なぜならどのような文学作品もこの二つの側面が交錯する地点で成立しており、これだけではすべての文学作品が文学教材になりうるからである。
したがってここにいまひとつのよこ糸が必要になる。つまりそれは、その文学作品が文学教材としてふさわしいかどうかということである。
そこには当然子どもの発達段階や各学年別といった要素も内包されるが、わたしはなかでも、その作品のもつ思想なり認識の側面を重視したいと思う。もちろんそれがどのように表現されているかという問題も重要な要素にはちがいないが、たとえば、人間不信、人間卑小化の思想を作品がいくらおもしろく表現していても、あるいはほとんど常識的な見解が新しい意匠でよそおわれていても、わたしはその作品を高く評価することができない。
だから、その文学作品のもつ思想が、
(イ)どのような方向においてどう表現されているか、
(ロ)それが子どもとってなにを意味するか、
をきめこまかく検討することが教材選択にとってなによりも大切なことである。
いずれにしても、文学作品にとってもっとものぞましいことは、そこに感覚と思想が矛盾なく調和して表現されていることである。だが、これを実感と理論といいかえてもいいが、それらが弁証法的な関係において統一されることは、今日ますます困難になりつつある。そのためにも現実を主観によって統一した作品よりも、現実と主観とのたたかいのなかから統一を見いだしたような作品を大切にしたいものである。
(講座『日本の文学教育』一巻『文学教育の基礎理論』昭和四十一年十一月所収)
テキスト化山下ふみ