横谷輝児童文学論集の刊行にあたって
日本子どもの本研究会会長 増村王子
このたび、横谷輝児童文学論集全三巻が、日本子どもの本研究会・編によって出版されることになりました。
横谷氏は、本会の第二代目会長として昭和四十四年から二期にわたって勤められましたが、無給にもかかわらず、子どもの本の研究と普及、読書運動の発展のために、終始献身的な活動を続けられました。しかも、多忙の中で、その本命である児童文学の評論活動に、異色の存在としての力を発揮されてきました。
評論の世界の中でもあまり恵まれない子どもの本の分野では、他に職を持っている人が多いのに、氏は筆一本にいのちをかけ、この仕事をやり通された貴重な人といえるでしょう。とくに学歴や肩書がものをいう今の日本の社会で、ほとんど独力で、ぼう大な資料ととりくみ、独自の研究の道を開いてきた努力には、学ぶべき点が多いと思います。横谷氏の評論の方向は、主として児童文学におけるリアリズムの問題、思想性の問題に向けられていたように思いますが、論旨が極めて斬新なのに対し、文章には少しの衒いも、人目を引く奇抜な手法も使われていません。むしろオーソドックスな文章表現の中に氏の誠実な人柄をうかがい知ることができます。
発表された評論やエッセイは数多く、評論・普及活動の一端でもある新聞等の書評まで集めると、原稿にして五千枚にも及ぶのですが、検討し精選したすえ、特に散逸を惜しまれる諸論文二千五百枚をここにまとめました。
読書運動の成果が僅かながら世間の注目を引くようになり、研究への意欲も高まりつつある時、横谷氏もこれからが檜舞台という時に、若くして病にたおれたことは、惜しんでも余りあることです。
日本子どもの本研究会は、こうした恵まれぬ環境の中で開拓者の役割を果たしてこられた氏の業績を残しておきたいという願いから、ここに三巻として完成することができました。このような個人の著作集という地味な書籍は、他の出版物に比べて販売のルートにのりにくく、出版社もあまり手をつけたがらないものであるにもかかわらず、進んで出版にふみ切ってくださった偕成社のご好意に深く感謝いたします。
そして、この本が、今後の研究の発展のために、広く多くの方がたに読まれることを心から願っております。(1974年7月)
横谷輝児童文学論集 第一巻
児童文学の思想と方法 目次
第一章 児童文学の基礎 9
第一節 児童文学の構造 10
第二節 児童文学の思想――児童文学における「近代主義」の問題―― 52
第二章 児童文学の転換 87
第一節 過渡期の児童文学運動――1970年代の児童文学をめざして―― 88
第二節 児童文学の「成熟」 102
第三節 児童文学における「詩」 116
第四節 「少年動物文学」の過去と未来 130
第三章 児童文学の歴史 161
第一節 大正期の児童文学の問題点 162
1 説話性の問題 163
2 童心主義の問題 169
3 大正期児童文学の限界 175
第二節 プロレタリア児童文学からうけつぐもの――その評価をめぐって―― 179
第三節 戦後児童文学とはなにか 203
第四章 児童文学の方法 221
第一節 児童文学で「現代」をとらえるということ 222
第二節 リアリズムの問題 236
第三節 児童文学批評の方法 255
第五章 児童文学と教育 267
第一節 児童文学と教育をめぐる諸問題――新しいつながりを求めて―― 268
1 今日の文学教育運動 268
2 教師の積極的な態度 272
3 作品評価の問題点 274
4 現代児童文学の弱点 279
第二節 今日の児童文学と文学教育 283
1 「新しい児童文学」の出発点 286
2 転換期の問題 290
3 具体的な作品に即して 296
4 教材選択の問題 306
第六章 児童文学の文体と童話的風土 311
第一節 明治期児童文学の文体 312
第二節 児童文学の文体における普遍性と独自性――近代日本の児童文学のあゆみに即して―― 326
第三節 童話とその文学的風土 342
あとがき 358
増補版 あとがき 360
横谷輝児童文学論集の刊行にあたって・増村王子 1
解説・古田足日 362
付・横谷輝略年譜/著作目録 373
略年譜・渋谷清視 374
著作目録・根本正義 378
テキストファイル化塩野裕子