足ながおじさん

J・ウェヴスター作

松本 恵子訳 新潮文庫 1912/1954


           
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 孤児院の院長をして、今に困る目にあうだろうと言わしめるほどの想像力の持ち主ジルーシャ・アボットは、お遊び気分でその想像力に興味を抱いたお金持ちのおかげで、大学に行くことができるようになります。ただし条件つき。「あしなが」は一切身分を明かさないし、会うつもりもない。必要なことは秘書を通じて伝える。それから、学生生活の日々を手紙で知らせてくること。
 
一見おいしい条件ですが、実はマッチョな仕草です。だって、選択の余地のない孤児の女の子に指図してるのですから。優しそうに見えつつ常に自分の側が主導権を握りたい欲望。ジョーの父親や、アンの友人ギルバートもこの範疇に入ります。一方、「若草」ではローリー、「アン」ではマシューなどはそうではありません。彼らは決して主人公である女の子たちに指図をせず、そのままの彼女たちを支持し、時にはサポートもします。支持はしても指示はしないのです。
 この物語のおもしろさは、マッチョな男性、「あしなが」さんことジャービィぼっちゃまが、ジルーシャの魅力によって、「マッチョではない男性」に変貌するところにあります。彼女の魅力とは例えば、家庭教師のバイトをしようとしたとき、彼から禁止命令がくだり、何も他人から賃金をいただなかくてもいいと言われたら、ただちに怒りを込めて、あんただって他人じゃないかと反撃するところ(ジョー譲りのプライドです)。当然(でしょ?)ジャービィはたちどころに恋に落ちる。けれど、自分が仕掛けたマッチョな仕草、「会うつもりはない」によって、ジャービイである自分が実は、「あしなが」でもあることを明かせません。自分の罠に自分が捕まるわけね。どうすればいいのか?
 答えは簡単、マッチョをやめること。
 ラストシーン、ジルーシャは恋愛に悩み(彼女が好きになった男性とは、ジャービィですが)、「あしなが」さんに相談しようと条件を破って出掛けます。すると、「あしなが」さんは恋患いでベッドの中。マッチョな権力を失った姿でやっとジルーシャと会えます。
 マッチョなあなたでは出会えない。そんなメッセージがこの物語に秘められています。ひこ・田中

                 

 「子どもの本だより」(徳間書店)1995年3,4月号