これは王国のかぎ

荻原規子

理論社 1993

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 『空色勾玉』『白烏異伝』と、日本の古代を舞台に長編大作を書いてきた荻原さんが、三作目に選んだのはアラビアンナイトの世界。
これ、わかるような気がする。日本の神話もアラビアンナィトの世界も、まさにファンタジーの宝庫。奇想天外、豪華絢欄な道具立てには事欠かないもの。登場人物も例によって美少年、美少女のオンパレード。前二作もそうだったけれど、いわゆる「虚構の物語世界」には、何が何でも美男美女に登場してほしいという作者の気持ち、わかる。ともあれ、失恋してテッテー的に落ち込んでしまった、フツーの女子中学生の「あたし」は、なぜか突然アラビアンナイトの世界にトリップしてしまう。しかも超能力を持つ魔人族になって。
 ご主人様としておつかえすることになったのは、カッコよさを絵に描いたようなハールーン王子。
 この王子、アラビアのどこかの国のお家騒動に巻き込まれ、嫌気がさしてトンズラしているという設定。必死で彼を探しまわるご家老や重臣たちは、ちょんまげつけて、裃着せればそのまま日本の時代劇のノリ。
 かくして、セーラー服にターバン巻いた魔人族の「あたし」は、超能力を駆使し、王子を助けて大活躍。
 若いラシード王子と奴隷娘のミリアムが登場するあたりから、話は一気に佳境に入る。二人の行く末がどうなるのか、窮地に陥った「あたし」がうまく脱出して二人を助けることができるのか、波瀾万丈、手に汗握る大冒険から、もう読者は挑げられない。少々、構成に難があろうがキズがあろうが、ボタンが一個とれていようが、どうでもよくなっちゃうのよね。『アラビアンナィト』の中で、シェエラザードの話の続きが聞きたいばかりに、刑の執行を伸ばし続けて、気が付いたら千一夜もたっていたというシャリアール王みたいなものよ。
 荻原さんがこの作品で試みたように、額縁の中に物語をはめ込む「枠物語」の形式をとったものは『アラビアンナイト』に限らない。
 例えばエロシェンコ童話集』の中の「バイヌール物語」もその一つ。
 盲目の放浪詩人エロシェンコがインドで拾ったという、この「バイタール物語」では、賢い王と魔物との駆け引きに「物語」そのものが重要なファクターとして使われる。
 どこまで聴き手をとりこにできるか、そこに語り手は全情熱をかたむける。物語の原点かなあ。
 荻原さんの物語にも、そんな情熱がたぎっているのがうれしかった。(末吉暁子)
MOE1994/02