96年回顧

          
         
         
         
     
私にとって今年最も印象に残った本はひこ・田中『ごめん』(偕成社)であったが、これはすでに時評で取り上げたので、毎月の時評とは異なる視点で一年を振り返ってみたい。
注目したいのは、前に佑学社から出版され、その後絶版になっていた本が、ほかの出版社から次々と再版されたことだ。昨年のリン・リード・バンクス『リトルベアー』(渡辺南都子訳、小峰書店)に続き、今年はウルフ・スタルク『シロクマたちのダンス』(菱木晃子訳、偕成社)をはじめ、シャーリー・ヒューズ『チャーリー・ムーン大かつやく』(岡本浜江訳、童話館)K・ボイエ『パパは専業主夫』(遠山明子訳、童話館)、レイチェル・カースン『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳、新潮社)、絵本でヘルメ・ハイネ『ともだち』(池田香代子訳、ほるぷ出版)が再版された。どれも比較的地味だが、もっと読まれてよいと思える本ばかりである。私も今まで読む機会のなかった『チャーリー・ムーン大かつやく』については、今回の再版で面白さをはじめて確認することができた。
ジーン・C・ジョージ『狼とくらした少女ジュリー』(西郷容子訳、徳間書店)、ヘンリー・ウィリアムスン『かわうそタルカ』(海保眞夫訳、文芸春秋社)は、品切れ・絶版だった本をほかの出版社が新しい訳で再登場させたもの。自然界との調和を扱った点が再評価されているのだろう。そういえば水辺を舞台とし、そこの生態系を描いた一九世紀のファンタジー文学の古典、チャールズ・キングズリー『水の子どもたち上・下』(芹生一訳、偕成社文庫)も、入手しやすくなった本のひとつだ。解説もゆきとどいている。
私がこうしたリバイバルを歓迎するのには理由がある。今の出版界の状況ではロングセラーが成立しにくく、出版された本の多くが、すぐに品切れ・絶版のコースをたどるからだ。しかも人目につかない本は忘れられやすい。書架になければ読めないし、書店になければ選びようがない。だからリバイバルを契機に新しい読者が誕生することを願っている。
毎月の時評では、本を文学性だけで評価をせず、面白さや楽しさも加味して取り上げてきたつもりだが、出版時に見逃したシリーズがひとつある。松原秀行『パスワードはひ・み・つ』『パスワードのおくりもの』(講談社青い鳥文庫)だ。「パソコン通信探偵団事件ノート」というサブタイトルにあるとおり、五人の子どもがパソコンを通して知恵をしぼり、謎解きをしていくもの。那須正幹の「ズッコケ三人組」にとっては強力なライバルの出現である。おそらくシャーロック・ホームズなら全部読んだし、もっと推理小説が読みたい、子どもが活躍すればなお結構!と思っている読者層には特にうってつけだろう。子どもたちが身近な事件の謎を見破るもの、「頭の体操」的なパズルに挑むもの、またパソコンならではのアリバイ崩しをするものなど、変化にとんでいるのも嬉しい。
装丁や表紙などに触れておきたい。今年のベストはミルキィ・イソベが手がけた河出書房新社の「ものがたりうむ」シリーズだと個人的には思う。(表紙の小窓に入る)各巻ごとにちがう挿画とのバランスが難しかったと思うが、グラデーションを駆使した魅力的な色、わくわくするような図案、ほどよい大きさであった。(それにしても、作品の印象がほとんどないのはどうしてだ!?)『斎藤佐次郎児童文学史』(斎藤佐次郎著、宮崎芳彦編纂、金の星社)は、今どき珍しい箱付き。多田進がブックデザインを手掛け、楽しい色使いがお菓子をイメージさせるようで、分厚い本のとっつきにくさを和らげている。小さな地図が描かれたベージュ色の表紙に、細かい花柄模様の幅広の本の「帯」が、ほどよく調和し、しゃれた感じの装丁に仕上がっているのが『風の誘い』(茂市久美子作、こみねゆら絵、講談社)の久住和代の装丁。紙カバーをはずすと、本体の花畑の図案の一部が帯に使われていたことがわかる仕組み。表紙画では、いとうひろしが荻原規子「勾玉 三部作」(徳間書店)のためにつけた表紙が斬新だった。ことに『空色勾玉』はモダンな雰囲気をもちながら、古典的な作品世界を生かし、勾玉の世界への巧みな導入になっている。
絵本からも一点。モーリス・センダック『わたしたちもジャックもガイもみんなホームレス』(神宮輝夫訳、冨山房)については、分厚い表紙に謎が隠されていた。絵本のテーマが新聞紙や段ボールに囲まれて暮らすホームレスであり、段ボールの手触りに近いざらざらした厚紙を表紙に使っているのだ。こういう工夫は新鮮であった。
研究評論のジャンルでは、ニュー・ファンタジーの会「イギリス女流児童文学作家の系譜」シリーズの完結に、敬意を表したい。最終巻『イバラの宝冠』(透土社)はイディス・ネズビットの評伝。五巻のすべてに共通することは、作家の全作品を読破し、その生涯についても詳しく記述した労作であることだ。なお四巻までの正誤表も掲載されている。
読書人 1996/12/27
           
         
         
         
     

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