二年連続のマイナス成長に

野上 暁
日本児童文学1999/05.6

           
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
     
         
 不況に強いといわれてきた出版界も、ついに総売り上げが二年連続して前年を割った。出版科学研究所による98年の本体価格ベースの出版物推定販売金額は、2兆5415億円で、前年比3.6%の現象となって、戦後初めての総売り上げ減となった97年の0.7%減に続き、二年連続のマイナス成長となった。書籍の推定販売金額は1兆1000億円と、前年比5.9%減。しかも返品率は前年比1.7%増で、41%と四割を超えている。書店の店頭に送り出された十冊の本のうち、四冊が出版社に返ってくる勘定になるのだから大変なことだ。雑誌は1兆5315億円で前年比2.1%減で、これは1950年の統計開始以来初めてのマイナスということになる。さらに戦後最悪の不況にともなう広告収入の大幅な減少が、雑誌主体の出版社を経済的な困難に直面させている。
 まだ出版統計の細目が発表されていないから、今のところ正確な数字はわからないが、児童書についても同様な傾向を示しているものと思われる。『出版月報』(出版科学研究所)一月号によると、児童書の「点数は前年を下回ったが、部数は逆に増えている。これはポケモンなど児童向けゲーム関連書が大部数で発行されたことによる」とレポートしているが、ポケモン関連書の圧倒的売り上げ部数の陰で、既存の子どもの本は前年以上の苦戦を強いられていることは間違いない。
 そのような中で、森絵都『カラフル』(理論社)のように、大人読者にも浸透して重版を重ねているものも目立った。同じ作者の『つきのふね』(講談社)や風野潮の『ビート・キッズ』(講談社)、門田光代の『キッドナップ・ツァー』(理論社)なども同様に、既存の子どもの本のボーダレス化が読者層を拡大してきている。『カラフル』や『キッドナップ・ツァー』はまた、子どもの本の既成概念に囚われない斬新な装丁で、一般向け文芸書の中に並べられてもなかなか新鮮に映った。
 翻訳絵本のレオ・F・バスカリ『葉っぱのふレディ』(童話屋)の用に、日本経済新聞での紹介がもとで、新聞、雑誌やテレビでも評判になり、子どもよりもむしろリストラ対象の中高年ビジネスマンに売れたという本もある。濡れ落ち葉が仲間に励まされたくらいで、中高年男性を惹きつけるというのも情けない話だが、それが10万部以上も売れたとなると、同じ中年としては悲しくなってくる。
 梅田俊作・佳子『14歳とタウタウさん』(ポプラ社)は、シリアスなテーマを扱い、しかも2500円と高価で300ページと言うボリュウムの本だが、初版8000部ですぐに重版が出た。高橋由為『セイリの味方スーパームーン』(偕成社)は、生理をテーマにしたユニークな構成の本で、結構話題になった。また『21世紀子ども百科 科学館』(小学館)は、高価格の大型本なのだが、身近な不思議や科学実験を楽しく紹介して子どもたちの興味をそそり、版を重ねて既に15万部近くも売れているという。

 長引く景気の低迷はあらゆる分野で消費意欲を減退させ、読書離れというよりも個人の経済事情優先による図書館や古書店の利用増が読書行動の変容となってきているのも昨今の現象である。これまで急成長を遂げてきたコミックスさえも、前年からの『少年ジャンプ』(集英社)の大部数減に象徴されるように低迷しているが、それとともに読者の買い控えによるまんが喫茶や貸本屋の利用や古書店での廉価購入といった影響も見逃せなくなってきている。とはいいいながらも、『名探偵コナン』(小学館)を筆頭に、『GTO』『金田一少年の事件簿』(以上講談社)、『るろうに剣心』『遊☆戯☆王』『花より男子』(以上集英社)のように、初版で100万部を超えるミリオンセラーが10タイトル近くあるのだから、まだまだ大変なものである。
 子供向けの本ではないが、夏に出た桐生操『本当は恐ろしいグリム童話』(KKベストセラーズ)が100万部を超えるベストセラーに踊り出て、その影響もあって『初版グリム童話集』(全四巻、白水社)など一般向けのグリム関連書が良く売れた。子どもの本の近代が避けてきた恐怖や残虐性を初版のグリム童話の中に探る試みだが、それがホラー的な興味や世紀末の深層に重なったのだろうか。
 九月にインドのニューデリーで開かれたIBBY世界大会での美智子皇后のビデオによる講演が大変な話題になり、それをもとにした『橋をかける――子供時代の読書の思い出』(すえもりブックス)が年末から10万部を超えるベストセラーになった。講演の中で紹介された本が相次いで店頭に並べられたり、戦前に発行された新潮社の『日本少国民文庫 世界名作選(1)(2)』の二冊が緊急出版されて、これもベストセラーにランキングされる。いずれも子ども読者には直接的に届くものではないが、業界での子どもの本に対する関心はにわかに高まった。NHKや朝日新聞という巨大メディアでの紹介が、出版界に数億円の経済効果をもたらしたといえようか。
 このようなマスコミ現象を見るにつけ、日常的な子どもの本のジャーナリズムの不在と冷遇軽視が痛感される。一般書の場合は、全国紙、地方紙ともに、毎週日曜日に三ページ前後を使って新刊書評や本の話題が紹介されるが、子どもの本を毎週きちんと紹介しているのは産経新聞だけである。しかもこれさえも、子どもの本の関係者に十分に読まれているとはいいがたい。朝日新聞などは、無署名で月に一回タイトルとほんの数行の紹介だけ。これでは本を選ぶ参考にもなりはしない。将来に渉っての読書人育成のためにも、大新聞はもちろんのこと、各メディアが子どもの本を積極的に紹介すべきなのではないか。皇后の講演や濡れ落ち葉絵本だけでは寂しい限りだ。子どもの本の関係者は、そのことをもっとアピールすべきである。その点、インターネット上で、ひこ・田中が展開する「児童文学書評」は、再録も含めて毎週かなりの数の署名入り書評を紹介していて、その相当数のストックも大いに参考になる。児童書が売れないのは現実だが、こういった試みをさらに発展させ、書評に出版社のホームページを貼り付け、インターネットショップ化して直接購入ができるようにするなど、現状の本の 流通システムに風穴を開けることも今後の課題だ。また、既にイギリスの公共図書館などが実現しているというが、読まれた本の課金システムも研究の余地があろう。資源の無駄使いをなくす為にも必要だと思われるのだが。
日本児童文学1999/05.6
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